|
||||
ある夏、ブルジョアのつどう保養地のホテルで、ある女(デルフィーヌ・セイリグ)が、ある男(ジョルジュ・アルベルタッツィ)に、去年このホテルで愛しあったとき、今年駆け落ちする約束をしたと迫られる。女はその男に会ったことさえ無いと言うのだが・・・・・・ 嘘をついているのは男か女か?映画は私たちに真実を明らかにせず、女が夫を捨てて男とホテルを発つという結末だけを残して終わる。 数ある白黒映画の中で、もっとも美しく謎めいているこの映画は、のちに映画監督になる作家のアラン・ロブ・グリエが脚本を担当している。この映画の登場人物は、誰ひとり名前を与えられていない。主演のデルフィーヌ・セイリグも「女A」、ジョルジュ・アルベルタッツィも「男X」。ここでは、ある一組の男女の一年前の不確かな記憶と、男に説きふせられながら、しだいに記憶から現実と虚構の境界線を見失っていく(かのように見える)女がいる以外、登場人物たちの性格や背景もすっかり削ぎ落とされている。 そんな奇妙な物語を、映像と音響が三位一体となって前衛映画の最高峰へ高めていく。左右対称の幾何学模様に整えられた庭園の人工的で無機的な美しさ。絢爛なバロック調のホテルの陰鬱な美しさ。生気の無いブルジョアたちの蝋人形のような美しさ。「男X」が「女A」に一年前の出来事を語る台詞が抑揚の無い調子で延々と続き、あとは低音のオルガン音楽の他は音という音がない。撮影用のカメラが一定の速度で空間をゆっくり巡回し、私たちはまるで、浮遊する滑車に乗せられてホテルの中をなめらかに滑っていくような感覚になる。それは私たちが記憶の中を巡回するヴィジョンとよく似ているのだ。 記憶という名のホテルを建てたら、このホテルのように、不気味な美しさを湛えた人工楽園になるのかもしれない。現実と夢想の境界線を、歪め、溶かし、ときに消し去る・・・・・・ 記憶の不可思議な魅力を描いた、アラン・レネの最高傑作だ。 (2004/06/27) |
||||
HOME |