監督:デイヴィッド・リンチ
出演:ジャック・ナンス
    シャーロット・スチュワート
    アレン・ジョセフ
    ジャンヌ・ベイツ
■1977〜93年、アメリカ、89分、モノクロ



 暗い工業地帯に住む印刷工のヘンリー(ジャック・ナンス)は、別れるはずだった恋人のメアリー(シャーロット・スチュワート)が、ヘンリーの赤ん坊を出産していたことを知る。メアリーの母親(ジャンヌ・ベイツ)の説得によって二人は結婚するが、その赤ん坊は人間なのか疑わしいほどの奇形なのだった。


 この作品はリンチの諸作品の中でもとりわけ抽象的で分かりにくいが、奇形の赤ん坊が父親と母親の分身ではなく、父親だけの分身として想定されていることに気づくと、だいぶ分かりやすくなる。父親であるヘンリーは、もともと自己嫌悪に陥っている人間なので、自分の分身が生まれたことが嬉しくないし、分身が非常に奇形なことにも納得するのだ。そして、自分の嫌なところを相手の中に見るという、もっとも深刻な嫌悪を赤ん坊にいだくことになる。


 結婚生活も初めから冷めきっていて、ヘンリーは現実逃避のために、部屋にあるラジエーター(暖房)の内部に空想のステージを思い浮かべ、「ラジエーターの中の女」というアイドルを想像する。ラジエーターが部屋に温もりを与えてくれるように、彼女はヘンリーの心を温めてくれる唯一の存在になる。


 しかし、実生活では、またメアリーが蛇のような生き物を出産したり、育児放棄して実家に帰ってしまったり。追いつめらたヘンリーは、不幸の発端として赤ん坊を殺す。すると、ヘンリーの首がポロリともげて、彼の生首は工場で消しゴム付き鉛筆の消しゴムに加工され、消しクズになって吹き飛ばされてしまう。そのものずばり、社会にとってヘンリーは吹けば飛ぶような存在だというパロディだ。


 この物語の最初と最後には、謎の惑星で何かのレバーを操作する「惑星の男」が登場する。おそらく、この男はヘンリーの理性で、惑星はヘンリーの自我なのだろう。ラストシーンでは、ヘンリーが赤ん坊を殺したことがきっかけで、「惑星の男」の懸命な操作もむなしく、惑星が大爆発してしまう。すると、ヘンリーは死後の世界を思わせるまばゆい光に包まれるが、悲しむどころか、辛いことばかりの生から解放された喜びにひたるのだ。


 自分自身のもっとも本質的な正体が、赤ん坊として生まれてくるという展開。自我と向かい合うことの耐えがたい辛さに到達するという結末。深い自己嫌悪に陥った男の自虐的な妄想のような本作は、制作開始時、リンチもヘンリーと同じように父親になったばかりだった。これはリンチ自身が見た悪夢なのかもしれない。だから、映像の面白さは言うまでもない。


(2004/06/29)


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