監督:ジョン・カサヴェテス
出演:ジーナ・ローランズ
   ピーター・フォーク
■1974年、アメリカ、145分、カラー



 ひとが自分の感情を認識しているときは、全体のごくわずかかもしれない。多くのとき、感情は漠としてとりとめもなく、皮膚を掠めて飛びかう羽虫のように、捕まえようとする手のひらをすりぬける。そういうときの顔には、感情とまではいかない、感情の<影>のようなものが雑多に差し交っている。カサヴェテスは、その感情の<影>の動きを本当にリアルにみせる。とりわけこの映画の朝食の場面は、私たちまでスクリーンの向こうの気まずい空気に窮してしまうほどの物凄い臨場感だ。


 十人余りの同僚たちと徹夜で仕事を終えたニック(ピーター・フォーク)は、彼らを家に連れてきて、妻のメイベル(ジーナ・ローランズ)を紹介し、彼らに朝食をふるまう。同僚は気のいい仲間たちだが、メイベルが精神病を発症したかもしれないということがすでに彼らの間に知れ渡っているらしく、誰もが妙に硬くなっている。彼らはメイベルが見たところ何の問題もなさそうな明るい奥さんなので、かえってどういうことなのだろうと内心首を傾げている。ニックがメイベルにそれとなく緊張の眼を当てているのが、ニックの知らないところで同僚に伝わる。ニックは同僚に気を使い、さも気楽な調子でリラックスしてくれとしきりに言う。しかし他ならぬ彼自身が動揺し、そうしたいらだちを抑えようとしていることの方が気配のように伝わってしまう。同僚たちは、メイベルの病状がまだはっきりと目に見えないので、余計に彼女の一挙一動に敏感になり、どう接していいのか分からず、隠しきれない気兼ねの眼を皿の上にそっと伏せる。誰もが内心なぜかなにかに詫びるような気持ちを抱えている。和やかにしたいのに、ぎこちなさばかりが現れてしまうはがゆさ。誰かが投げかけた冴えないジョークにさえ、この時ばかりはすがるようにして笑う。


 そういう空気を一人だけ読めないメイベルは、始めは遠慮がちに、しだいにいつもの調子で、一方的に陽気に話しかける。といっても名前を訊いたりするだけの差しさわりのない会話なのだが、その様子がどことなくおかしい。どこと聞かれても言いようがないが、確かにどことなくおかしいのだ。ニックも同僚もそれを敏感に察知し、空気が微妙に張り詰めてゆく。しだいにメイベルの陽気さがゆっくりと度を越し始め、彼女が自分のハイテンションに付き合わせようとして同僚の一人を困惑させたとき、ついにニックの怒号が飛ぶ。空気が凍りつき、皆いたたまれずに黙ってしまうが、怒鳴られたメイベルも怒鳴ったニックも一緒に傷付いたのが、周囲にも痛みになって沁み渡っている。同僚たちはメイベルに悪気がなく、それどころか可愛らしい人物であることも、ニックが彼らに心から謝っているのも知っている。同僚たちはニックの家庭の事情を気の毒に思い、しかし早くここから立ち去りたいと思う。


 無言のうちに交錯する複雑な感情。感情というほどはっきりしたものでない。感情の<影>のようものだ。困惑を隠しきれない顔の上に、めまぐるしく移ろう、感情の<影>。それが空気の透明な振動で波及し、皆の呼吸を苦しくする。スクリーン越しに傍観している私たちの呼吸さえ。


(2006/06/01)


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