監督:デレク・ジャーマン
出演:ティルダ・スウィントン
    ロジャー・クック
    スペンサー・リー
    ピート・リー・ウィルソン
■1990年、イギリス・日本・西ドイツ、88分、カラー



 従来のイギリス映画が映し出してきた英国式庭園に物足りなさを感じたデレク・ジャーマンは、もっと簡素な庭を撮ってみようと、この作品を製作する3年前から、イギリスのドーバー海峡沿いのダンジェネスという荒涼とした土地に移り住んだ。原子力発電所の近くの質素なコテージに暮らし、ポピーやラベンダーなどの素朴な草花と奇妙な小石のオブジェが共存する不思議な庭を作りながら、ときおりこの作品のために風景を記録して生活していたのだ。かくして長期間にわたって切り取られたデレク・ジャーマンの庭の風景を下地に、『ラスト・オブ・イングランド』よりさらに多彩な映像が、サイモン・フィッシャー・ターナーの独創的な音楽とともに、あふれんばかりにコラージュされていく。


 優しい愛をはぐくんでいた一組のゲイのカップルが、警察に虐待され、十字架のもとで鞭打たれ、キリストと同じ受難をだとる。(キリスト教は男色をソドミーとしていましめているが、デレク・ジャーマンはキリストを、ゲイの敵ではなく、無理解のもとに国家に迫害された者同士として同じ憐憫を持っているようだ。)ひとつのテーブルを囲み、あるときは老婆たちがグラスハープを演奏し、あるときは中年の女が情熱的にフラメンコを踊り、あるときは老いた学者たちに少年が学問を説く。生活苦をにじませてキノコをつみ、鶏の羽根をむしる女。パンクファッションのユダが消費社会の象徴であるクレジットカードのCMを好演するが、現代に降臨したキリストは聖痕を示しても誰にも気づかれない。女たちにリンチされるドラァグ・クイーン、聖母子、何もかもをパパラッチが殺人的なカメラで執拗に追い回す。それらのシーンはデレク・ジャーマンの庭の自然な色彩とは対照的に、人工顔料のけばけばしい鮮やかさで演出され、陽気なペテン師のように滑稽ないかがわしさを湛えて、生き生きとあふれかえる。表面は支離滅裂を装いながら、遠くから見ると現代社会を描いた巨大な戯画として束ねられているのは見事である。


 素朴で奥ゆきのある天然の色彩が、鮮やかで軽薄な人工顔料で塗り直され、現代人のありあまる毒を宿しても、地球はすべてをかかえて回りつづけ、地上は朝と夜をくりかえす。原子力発電所は神になったつもりでいる現代人の象徴だが、デレク・ジャーマンの庭は、生まれては死に死んでは生まれる生態系の自然な脈動、ただ与えられた生を与えられた分だけまっとうする自然の動植物への賛歌である。ラストシーンは老若男女のグループがひとつのテーブルを囲み、同じ食べ物をわかちあい、紙に火をつけて灰を夜空に飛ばして遊ぶ、この作品の中でもっとも清らかで美しい光景だ。現代人の負の側面を見つめてきた物語の最後に、ふと純粋でささやかな生きる喜びが現れ、再び生への静かな意欲が湧き出したきざしで物語は終わる。『ラスト・オブ・イングランド』は痛々しいまでの喪失と憂悶の風景だったが、この作品もかなりその憂鬱を引きついでいるものの、軽快な明るさも見られ、あとあじは優しく温かい。HIVによる死を近くに感じていたデレク・ジャーマン(1994年死去)が、一匹の虫や一輪の花にわずかでも心の平安をえていたことを願いたい。


(2004/10/21)


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