上村一夫と「同棲時代」   投稿日:2003年5月24日(土)

    出勤時、最寄のバス停に着くなり、僕は日経を広げ、「私の履歴書」から読み始めます。 今月は作詞家で作家の阿久悠氏であり、作詞家となるまでの意欲的な 半生記が綴られております。無名時代の奮闘もさる事ながら、広告代理店時代に、 後の劇画家上村一夫氏との運命的な出会いが書かれてあり、ここで一気に、僕は上村氏の作品と 1970年代の世界に引き込まれました。

    先ず、上村氏について、ネットからの 引用文を御紹介します。

    上村一夫(1940〜86)は、67年にデビューしてから生涯を通して、男と女の織りなす、 移ろいやすい愛のさまざまな形を、独特の官能をたたえた流麗な描線と斬新な表現法 で描きつづけ、"昭和の絵師"と称され、このジャンルで追随を許すことのない稀代の 漫画家です。特に、72年から『週刊漫画アクション』(双葉社)に連載された「同棲時代」は、 OL・今日子と無名のイラストレーター・次郎の"同棲"生活を軸に、男女の愛の美しさと強さ、 はかなさ、残酷さといった諸相を描き出し、当時の若者風俗に多大な影響を及ぼしました。

上村一夫の世界展
2002年10月29日(火)〜2003年1月26日(日)
川崎市市民ミュージアム 漫画ギャラリー

    美大時代に、上村氏は阿久悠氏の勤務先でバイトをしており、昼休みには阿久氏の作詞に、 ギター名手の上村氏が曲を付け、即興の歌を楽しんでいたとか。この御縁で、阿久氏は当初 上村氏と、作詞/作曲の相棒として考えていたようです。ところが、氏の言葉を引用すると、 流れが変って行ったのです。

    僕は上村一夫を探していた。作詞を一つ二つ手掛けた頃で、このまま作詞をつづけるには 相棒の作曲家が絶対に必要だと思い、かつて同じ会社にいてギターの上手かった上村一夫の ことを思い出したのだ。

    しかし、久々に会って話しているうちに、作曲の話はどうでもよくなり、「俺がストーリーを書く。 君が絵を描け」ということになり、それを当時最も人気のあった「平凡パンチ」に上村が持ち込んだ。 これが、一九六八年一月から連載を始めた「パラダ」である。ぼくが三十一歳。上村一夫が 二十八歳、二人とも劇画に関係なく、ただ面白そうだからやった。

阿久悠

    こうして、「平凡パンチ」に連載されたのが 劇画「パラダ」であり、 上村氏の作品は次第に注目を 集めるようになりました。そして、そうした中で「同棲時代」が登場した訳です。この作品は、連載が開始された 翌年に松竹から映画化されました。由美かおるさんが主演され、彼女の美しいヌードがスチール写真になっています。

同棲時代−今日子と次郎−

監督:山根成之

原作:上村一夫 脚本:石森史郎

出演:由美かおる/仲雅美/大信田礼子/入川保則

概要:不確かで不安定な愛だからこそ、緊張感があって打算ぬきで純粋になれる。 若者の愛のかたちを描く。

    ここで、この作品の持つ「時代的意味合い」を考えてみようと思います。「同棲」という男女の 関係が、社会的に顕在化して来たのがこの頃でした。以前書いていた僕の連載「ときめきの ページ」でも、この作品を取上げましたので、その部分(第4章「連載−その17」より) を引用してみましょう。

・・・・・この連載のテーマは、「既婚女性の生き方と恋愛について」ですが、「恋愛」だけに注目すると、 「既婚女性の恋愛」というよりも、日本において「恋愛」自体に市民権が与えられたのは、 結構最近のことのように思います。勿論、我々の両親の世代や、それ以前においても「恋愛」 は存在していたのですが、結婚の大半が「見合い結婚」だったことを考えると、普通の男女が 大手を振って交際出来る世の中になったのは、戦後も暫らく経った頃だと思います。

    僕の世代になると、学生時代に恋愛を経験することが珍しくなくなりましたが、そういうカップル を見ていると、学生時代の恋人同士が、そのまま結婚するというパターンが多かったように 思います。勿論、それは素晴らしいことなのですが、どこか、「婚前交渉したら結婚せねばならない」 という暗黙のルールがあり、女性の方も、「結婚するなら許す」という雰囲気が感じられました。

    「同棲時代」という劇画がブームになり、"南こうせつ"の「神田川」がヒットしたのも、それまでは 「同棲」自体がありふれたことではなかったからであり、このこと一つ取り上げても、日本の社会が 「恋愛」に関して如何に窮屈だったかが覗えます。・・・・・

    「同棲時代」の主人公−今日子と次郎−は、僕と同世代の人達です。確かに、この時代を過渡期 として、「同棲」は社会現象として認知され始めるのですが、平成になってからの「同棲」とは異質な ように思います。一言で言えば、「暗さと貧しさと、後ろめたさ」が漂っているのです。

    先ず、当時の「同棲」について申しますと、大体三つのパターンがあったように思います。一つは学生 同士の同棲で、殆どは地方から都会の大学に進学し、最初は夫々下宿や学寮に入るのですが、 色々なきっかけで恋に陥り、一緒に住み始めるというケースです。「ときめき」にも書いたとおり、 そのまま結婚するというパターンが多く、そうならなくても、爽やかに別々の道を歩き出すケースが 殆どでした。

    次にあったのが「神田川」のパターンです。男は学生で、女性は働いているというケースが多く、 大概女性は、幾分恵まれない境遇の方だったようです。「若かったあの頃、何も恐くなかった。 ただ、あなたの優しさが恐かった。」という歌詞に象徴されるように、「今の幸福は長続きしない」という 予感を抱きつつ、今を精一杯生きる健気な女性達だったと思います。殆どは男が就職すると同時に、 別離がやって来ました。

    そして、三番目が「同棲時代」のパターンです。多くの場合、男の方は「無名のイラストレーター・次郎」 というように、普通のサラリーマンではありませんでした。いや、普通のサラリーマンを嫌い、自ら好きな道を 選んだのですが、世の現実は厳しく、焦りを感じながら生きていたようです。それに対し、女性は普通のOL というケースが多く、夢を追う彼に共感を覚え「同棲」を始めるのですが、「生活」という現実は重く、 男が仕事に行き詰まったり、女性が妊娠するという試練に耐え切れず、お互いに心の傷を 負ったまま別れて行きました。多くの場合、もう少し経済的に余裕があれば、別れずに済んだように 思います。特に女性の場合、実家からは勘当同然で同棲に踏み切ったケースが多かったで しょうから、実家に戻ることも難しかったように思われます。

    その後時代は進み、80年代から90年代には社会も豊かになりましたから、自営業の若者も生活に 余裕が出来、悲壮な「同棲時代」は過去の話となりました。また、女性もキャリア化が進み、結婚という 形に束縛されない時代となり、「同棲」の質も大きく変りました。90年代後半からは、バブル 後遺症により不況が続いておりますが、「同棲」を巡っては社会の認識も好転し、「暗さと貧しさと、 後ろめたさ」は払拭されたように思います。

    上村氏は、70年代の日本社会における「同棲」の実情を的確に捉え、歴史的な作品に仕上げられたと 思います。今回はじめて、上村氏が1986年1月に45才で亡くなられたことを知りました。若死にかも 知れませんが、阿久悠氏の申されるとおり、天才らしく人の二倍生きて他界されたのだと思います。


 日付順目次へ  分野別目次へ