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■横浜F・マリノス クラブプロフィール
■運営会社 横浜マリノス株式会社
代表取締役社長 : 左伴繁雄
資本金 : 3070万円
筆頭株主 : 日産自動車 (93.14%)
 
■ホームタウン 神奈川県 横浜市・横須賀市
■ホームスタジアム 横浜国際総合競技場 (72,370人収容)
三ツ沢公園球技場     (15,046人収容)
 
■練習場 横浜F・マリノス MM21トレーニングセンター
 
■チームカラー 青・白・赤のトリコロール



■沿革・略歴
1972年4月、日産自動車の事業所・工場対抗のサッカー大会を積極的に主催し、サッカー協会とも知己があった安達二郎が中心となり日産自動車サッカー部を創部。同年、神奈川県リーグ2部加入。74年に加茂周が監督に就任し、79年に日本リーグ(JSL)1部昇格。1度は2部降格も経験するものの、その後着実に力を付けて、83/84シーズンに天皇杯初優勝。 88/89シーズンには念願のJSL1部初優勝を果たし、同時に三冠を達成。 翌89/90シーズンは加茂が辞任するも2年連続の三冠を達成する。91/92、92/93シーズンにはアジア・カップウィナーズ・カップを連覇。天皇杯には88/89シーズンから5年連続で決勝進出し、その内の4度に優勝。 金田喜稔、木村和司、水沼貴史をはじめとする多くの日本代表選手とオスカー、レナトらトップクラスの外国人選手を擁し、プロクラブ化の先駆けとして日本リーグ末期を宿敵・読売クラブと共にリードした。

1991年にJリーグ正会員となり、翌92年に日産フットボールクラブ設立。チーム名を日産F.C.横浜マリノスと改称。Jリーグには93年の初年度から参加。95年のサントリーシリーズで初のステージ優勝を達成し、同年のチャンピオンシップでヴェルディ川崎を降し初の年間王者に。96年にチーム名から日産の文字が消え、横浜マリノスと改称。

1998年10月に横浜フリューゲルスとの合併がJリーグ理事会で承認。事実上マリノスがフリューゲルスを吸収する形での合併が強引に成立。翌99年から法人名を横浜マリノスに、チーム名は横浜 F・マリノスに改称。 その後2000年の1stステージに優勝、2001年はナビスコ杯を初制覇するもリーグ戦ではJ2降格の危機を経験。岡田武史が監督に就任した2003年は史上2度目となる両ステージ完全優勝を達成した。翌2004年の1stステージも制し、史上初の3ステージ連覇を達成。最後となったチャンピオンシップではPK戦の末に浦和を降し、リーグ2連覇を果たした。

■歴代監督
1972- 安達二郎
1974- 加茂周
1985- 鈴木保
1985 12月- 加茂周
1989- オスカー
1991- 清水秀彦
1995- ソラリ
1995  6月- 早野宏史
1997- アスカルゴルタ
1998  8月- デラクルス
2000- アルディレス
2001  6月- 下條佳明
2001  7月- ラザロニ
2002 10月- 下條佳明
2003- 岡田武史
2006  8月- 水沼貴史
2007- 早野宏史

■獲得タイトル
アジア・カップウイナーズ・カップ
1991/92 優勝
1992/93 優勝
Jリーグ
1995 サントリーシリーズ・チャンピオンシップ優勝
2000 J1 1stステージ優勝
2003 J1 両ステージ 完全優勝
2004 J1 1stステージ・チャンピオンシップ優勝
日本リーグ
1988/89 1部優勝
1989/90 1部優勝
天皇杯
1983/84 優勝
1985/86 優勝
1988/89 優勝
1989/90 優勝
1991/92 優勝
1992/93 優勝
Jリーグカップ
2001 優勝
JSLカップ
1988 優勝
1989 優勝
1990 優勝
地域リーグ
1972 神奈川県リーグ2部優勝
1973 神奈川県リーグ1部優勝
1974 関東社会人大会優勝
1975 関東社会人大会優勝
1976 関東リーグ優勝
全国社会人大会優勝




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