1.文化財指定
郡山市重要無形民俗文化財(昭和58年3月31目)
2.所在地
郡山市中田町柳橋
3.保存者
柳橋歌舞伎保存会(昭和55年11月3目)
※昭和61年郡山市内有志による「柳橋歌舞伎を守る会」を結成
4.歴史・由来
柳橋歌舞伎は、江戸時代から民俗伝統芸能として受け継がれ、人々の娯楽として親しまれてきましたが、明治の興行の取り締めや出演者不足等により中断していました。
昭和6年には柳橋歌舞伎研究会が結成され復活しましたが、義太夫三味線を演奏する者がいなくなり、上演が困難になってしまいました。
その後、昭和55年に柳橋地区ぐるみの支援を受けてふたたび復活し、菅布禰神杜の秋の礼大祭(11月23目)に奉納上演していました。
現在では、市で平成13年に市農村生活中核実験施設「黒石荘舞台」を新調し上演しており、地域住民はもちろんのこと、近郷近存より大勢の観客で大盛況を博しています。
また、平成16年9月18目に全国地芝居サミットを開催し、全国より大勢の観客が来場しました。
上演可能な外題(演目)は「一の谷徽(ふたば)軍記・須磨浦等組討の場」絵本太功記十段目・尼ヶ崎閑居の場」等、10種を超えます。また、衣装の中には文化的価値が非常に高い晶物も含まれており、これらの貴重な衣装類の保存にも努めています。


◆2007年に上演した柳橋歌舞伎のチラシを見る(PDFファイル/別窓で開きます)
5.衣装の紹介
@海老茶繻子地雲立涌花丸模様小忌衣[絹製・江戸時代後期・19世紀]
海老茶繻子地に刺繍で雲立涌を地文風に表し、同じく刺繍で花卉の丸模様を上文風にあしらう。
A浅葱繻子地雲龍立浪模様四天[絹製・江戸時代後期・19世紀]
浅葱繻子地に金糸の刺繍で模様を表し、周辺を墨で隈取る。模様は江戸時代の歌舞伎衣装の典型的泣け意識を示す。
B黒天鷲絨地雲龍立浪模様四天[絹製・江戸時代後期・19世紀]
黒天鷲絨地に刺繍と切付で模様を表す。江戸時代の歌舞伎衣裳の衣装の伝統的な形を残す。
C黒綿繻子地雲龍模様着付・羽織[木綿製・江戸時代後期〜明治時代前期]
黒綿繻子地に金糸の刺繍と切付で模様を表す。幕末〜明治期の歌舞伎衣装の中にみられる着付・羽織にも通じる幕末〜明治期の典型を示す。
D黒繻子地段唐草模様着付・羽織[絹製・明治時代前期・19世紀]
黒繻子地に金糸の刺繍と切付で模様を表す。東京国立博物蔵、坂東三津江所用の歌舞伎衣装の中に見られる着付・羽織にも通じる同種歌舞伎衣装の典型を示している。
着付・羽織が揃ったものとしては希少な幕末・明治期の遺品である。 保存状態は比較的良いが、現状を維持するためには保存措置を要する。
E黒天鷲絨地竹虎模様打掛[絹製・明治時代前期・19世紀]
天鷲絨地の打掛は、幕末明治期の歌舞伎衣装にしばしば見られる。黒天鷲絨地に刺繍と切付(アップリケ)で竹の立木と虎、岩座などを表す。黒天鷲絨地応龍竹虎模様打掛と同時期に制作されたものと考えられる。
明治時代の作であるが、江戸時代の歌舞伎衣装の伝統を正当に受け継いでいる。保存状態は比較的良いが、現状を維持するためには保存措置を要する。
6.柳橋歌舞伎保存会のあゆみ
| 年月日 |
活動状況 |
| 昭和55年11月3日 |
江戸時代より連綿として柳橋の地に伝わる伝統芸能『柳橋歌舞伎』の保存育成に協力し後世に伝承すべきとの熱意により、地域有志の協賛を募り結成となる。 |
| 昭和58年3月31日 |
保存会の陳情要請によって、郡山市重要無形文化財指定となる |
| 昭和58年12月8日 |
総会により、規約一部改正して柳橋歌舞伎保存会と柳橋歌舞伎研究会が一体となる。 |
平成3年3月5日〜
平成7年3月31日
|
貴重なる衣装保存方法を悩みとしていたが、当地出身篤志者と郡山市の協力により収蔵庫が建築される |
| 平成7年7月31日 |
衣装収蔵庫落成祝賀会実施 |
| 平成7年9月28日 |
郡山市安積国造神社屋台歌舞伎協力上演 |
| 平成11年10月3日 |
地域牧野組合林の間伐材により経過35年の野舞台復活公演となり好評を博す |
| 平成12年10月15日 |
野舞台復活公演 |
| 平成13年10月20日 |
歌舞伎伝承館落成記念公演 |
| 平成15年5月20日 |
歌舞伎衣装17点が郡山市重要有形文化財指定となる |
| 平成15年10月26日 |
御舘中学校生徒による公演実施 |
| 平成16年9月18〜19日 |
全国地芝居サミット公演 |