第四十一話

ラブコメ鬼隠し











/1




 俺の名前は前原圭一。どこにでもいる普通の言葉の魔術師だ。

 地の文が「ラブコメは一人称がいいよね」とか言って逃げ出したので、しばらく俺の一人称でお送りする。

 そこ、嫌な顔をするな。俺だって嫌なんだよ。

 今回はただのラブコメである。らしい。作者が言ってた。

 どの辺りでレナ達がボロを出すのか、楽しみにしながら読んでくれれば幸いである。







 そんなわけで唐突だが、朝である。

 俺の部屋のカーテンがそよぎ、朝の日差しを投げかけていた。

 今日は晴れ、雲一つなく青色が空を突き抜けている。

 聞こえるのは小鳥のさえずり、そして早起きのアブラゼミの鳴き声。

 しかし俺の意識はなかなか覚醒しない。夜遅くまでテレビを見ていた所為だ。

 しかし、そんな俺の意識を優しく揺さぶる声が、俺の半覚醒の脳に届いてきた。



「圭一くん、朝だよ、学校に行くんだよ、だよ」

「……ん、レナか」



 俺は重い体を無理矢理稼働させながら、俺を起こしに来ていたレナに目を向ける。

 目の覚めるような美少女ではないが、素朴なイメージの少女である。

 肩までの髪が初夏の日差しを吸収し、顔に浮かんだ微笑は起き抜けにはちょうどいい程度の爽やかさ。

 レナは俺が布団から抜け出したのを確認してから、ようやく顔を真にほころばせた。



「おはよう、圭一くん。今日も学校、がんばろうね」

「おう…」

「違うよ圭一くん。朝は『おはようございます』、だよ?」



 お前はどこの猫アレルギーの猫好き少女かと思ったが、口には出さないでおく。

 俺は緩んでいた体を背伸びで伸ばし、それからレナにもう一度、朝の挨拶をやり直した。



「おはよう、レナ」

「おはよっ!」



 はじけるような笑顔が朝の日差しに照らされてまぶしく輝く。

 レナは毎朝起こしに来てくれる、俺にはもったいないくらい素直な少女である。

 という設定だ。文句は作者に言ってくれ。

 レナは戸の側に置いてあった鞄を掴み、それを俺に手渡してくる。

 よく見ればそれはレナのものではなく、俺の鞄。

 どうやら鞄の準備までしてくれたらしい、周到な…。



「さ、早く学校行こ! 魅ぃちゃんもきっと待ってるよ」

「そうだな…」



 と言いつつおもむろに服を脱ぎ始める俺。

 正面でそれを呆然と見ていたレナだったが、不意に顔を赤らめて両目を手で覆った。

 指の隙間から覗いているのはお約束である。



「けっ、圭一くん! 何してるの!?」

「ん? 着替えてる」

「わ、私がいなくなってからして欲しいな! 欲しいな!」

「分かってるよ。分かっててやってるからな」

「圭一くんのいじわる…」



 手のひらの下でぷくっと頬を膨らませるレナに思わず噴出しながら、俺は気持ちのいい朝の余韻を味わっていた。
願わくばこれからもこんな朝が訪れますように。

 ……いや、マジで。切実に。本気で。















/2




「おーい! 遅いよ二人ともーっ!」



 俺達がいつもの合流地点に到着する頃には、既にカバンを背負った魅音が手を振っていた。

 今日はこっちの方が遅かったか。

 俺は走っていた足を停止させ、魅音に向けて手を突き出した。



「おっす! すまん、待ったか?」

「待ったよ! …な〜んてね、私も今来たとこ」

「すまん。昨日はレナが中々寝かせてくれなくてな」

「お? 熱いね〜お二人さん」

「まぁな」

「ええっ!? ち、違うよ!? 圭一くんがお寝坊さんなだけだよ!?」



 後からてこてこ走ってきたレナは、息も絶え絶えに言い訳する。

 ま、そんなことは俺も魅音も当然分かってる。

 分かってて言っているのだ。レナが慌てふためくのは楽しいからな。

 …普段なら即死のことだが、今回ばかりは許される。なら今回やっておいて損はないだろう。

 次回が怖い。



「レナ、昨日は熱かったよな!」

「え、え、え!? そ、そんなことしてないよ!」

「なに顔を赤くしてるんだ? 気温の話だぜ?」

「え、……あ………」



 字を完璧に違えているが、会話なので気が付かないのである。

 レナは自爆発言に耳まで真っ赤に染め上げ、涙目で下を向いてしまった。

 そこまでやったところで魅音が俺の肩を叩く。



「圭ちゃん、レナが泣きそうじゃない、やめてあげなよ」

「そう言いながらニヤニヤ顔でもっとやれって合図を送るなよ。ほら、学校行くぞ」



 魅音の背中を押して学校の方向へと押し進める。

 魅音が口を尖らせながらも歩き出したのを確認してから俺はレナに振り返った。

 相変わらず紅い顔で下を向いたままのレナ。

 少しだけ苦笑して、俺はレナの手を掴んだ。



「ほらレナ、学校行くぞ」

「え、あ!? ……………うん………」



 赤くした顔を上に向けたり下に向けたりを何度か繰り返した後、結局下に面を戻してレナは手を引かれるがままになった。

 レナの視線は俺と繋がれた手に注がれている。

 暖かな感情が体温とともに流れ込んでくる。

 正直、その手を手首から切られないかと内心ビビっているのだが、レナはそんなダークでスプラッタな展開は起こさずに大人しく付いてきている。

 俺がとりあえずの安堵を味わっていると、今度は前を歩いていた魅音が止まっていた。

 俺とレナが繋いだ手を見て複雑な顔をし、それからにぱっと笑みを爆発させる。



「へぇ〜、やっぱり仲いいねぇ」



 にやにやと俺たちに視線を流す魅音。

 それが恥ずかしくて俺は何処とも知れぬ虚空へと目線を飛ばした。


 と。

 その視線の反対側、レナのいない方の腕に魅音が自分の腕を絡めてくる。



「おじさん、羨ましくなっちゃった。いいよね、圭ちゃん?」



 そう言いながら俺の腕に胸を押し付けてくる魅音。

 パトリオットミサイルよりも破壊力のでかい一撃が俺の脳を一瞬で焼ききる寸前まで持っていく。

 俺は貧血で脳がクラクラするのを感じつつ、無意識に頷いていた。いや、頷かされていた。



「…………」



 魅音の反対側で殺気が膨らむ。

 とっさの判断で首をすくめる。

 だが、その行動に反して殺気の後は何も襲い掛かってくることもなかった。本来ならなぶり殺しだ。

 俺は恐る恐る、魅音の反対側――――――レナと手を繋いでいる方に目を向ける。



「…………」



 なにやら難しい顔で考え込んでいるレナ。

 いや、考え込んでいると言うよりは、迷っているような表情。

 しかしレナは意を決したのか、目蓋を閉じてそっと繋いでいた俺の腕を抱きしめた。

 顔は極限まで真っ赤だが、その表情は決意に満ち満ちている。

 どうやら魅音に取られまいとしているらしい。

 レナの行動に不意に心奪われる。

 しかし、そこで気が付いた。

 俺は両腕を封じられている。

 このままでは殺される、とかそういうことではなく。

 この体制だと走れないので遅刻決定である。



「……………」

「……………」



 俺の両脇では二人の少女が互いに火花を飛ばしあっている。

 俺はは冷戦下のソ連の国境並の居心地の悪さを感じつつ、しかしどうにも出来ないので苦笑いだけを浮かべることにした。

 この二人の争いに割って入ったら死ぬと、本能が最高値の警戒をたたき出しているのだ。

 俺は触らぬ神に祟りなしの精神で地道に歩を進めつつ、担任の怒り顔を思い出してため息を吐いた。













/3




 遅刻した件で小一時間ほど知恵に怒られた後の昼食時間。

 仲のいいグループが2、3に分かれて食事をする中、俺たち部活メンバーも昼食の時間を迎えていた。

 各々の弁当が色とりどりに並ぶ中、自分だけが弁当を手にしていない

 今日はレナが弁当を作ってくれる約束なのである。

 レナは鞄の中から二つの弁当箱を丁重に取り出し、そのうち一つを持って俺の前に立つ。

 その顔には普段の表情から見て三倍ほどの緊張が浮かんでいた。



「あの………。た、食べてみて……ね…?」

「お、おう」



 なぜか俺にまで緊張が伝播する。

 そんな俺とレナの様子をあるものはにこやかに、ある物は呆れ顔で、そしてあるものは憎々しげに見つめるのだった。

 誰が誰かはプライバシー保護のため秘密事項とする。



「ちょっと待ったそこの二人!」



 と、プライバシーなど気にしない昭和世代がずかずかと俺に近付いてくる。魅音だ。

 それまでにこやかに見つめていた梨花と羽入は、また始まったかと目を逸らしてお弁当に意識を向けた。

 無関心を装う二人を見て、沙都子が代表で魅音に物申す。よし、全力で頑張れ沙都子。



「魅音さん。あなたの出番は残念ながらありませんわ」

「ええいっ! あんな見せ付けられて黙ってられるかってーのっ!」

「お気持ちは分かりますが、空気を読んでくださいまし」

「空気を読むぐらいなら舌を噛むね! ああやだやだ、こんな空気はいやだ!」

「嫉妬は見苦しいですわよ」

「だ、だだ誰が嫉妬してるっての!? してないよっ!? 全然してないって!?」



 途端に言葉が怪しくなる魅音。

 沙都子は「分かりやすい反応ですわね…」と呟いてから自分の弁当を食べる作業に戻る。

 魅音は相変わらず沙都子に対して言い訳を続けるが、もはや沙都子は耳を貸す気もないようだった。

 そんなやりとりを脇に置き、俺はレナのお弁当の蓋を開ける。

 ラインナップは殆どがオーソドックスなもの。弁当右隅の玉子焼きが特に目についた。

 なぜか左隅にあるおはぎには目を向けないようにして、俺は卵焼きを一口頬張る。

 甘みと旨みが同時に歯の間を伝わっていく感触。



「……美味い」



 思わず声が出る。

 レナは嬉しそうに表情を綻ばせた。



「そ、そうかな、かな」

「ああ。マジで美味い。玉子焼きの旨みが舌と鼻を潜り抜け、味が素直に心に落ちてくる感触…焼き加減も完璧だ、いい仕事したな、レナ」



 どこぞの料理漫画のような表現をしてみる。

 いつの間にか、俺の目には大粒の涙が光っていた。

 レナにこんな美味い料理を作ってもらえる日がくるなんて思っていなかったのである。

 俺はは辛い辛い虐殺の日々を思い返しながら、そっと目尻を親指で拭った。



「お、おおげさだよ、圭一君」



 両手をバタバタ振ってレナが顔を赤らめる。

 しかし俺の口からは感動の余韻なのか、すらすらとキザな台詞が飛び出してくるのだった。



「いや、お前は凄いよ。こんな美味い玉子焼きができるなんて…いいお嫁さんになれるな」

「えっ!?」



 口元を両手で押さえるレナ。



「え、え、あの…け、圭一君、こんな人前で…」

「こんな料理なら毎日食べたいぜ」

「あ、えと……」



 耳の頂点まで真っ赤に染まるレナ。

 圭一は片目をつぶってレナにバチコンとウィンクをお見舞いし、とどめの台詞を大声で放った。



「ああ、レナと結婚する男がマジで羨ましいぜ!」

「………」



 レナの顔から一瞬だけ照れの朱色が消失する。

 そして現状認識。

 レナは両腕で顔を覆い隠してそっぽを向き、自分の勘違いにようやく気がついたとばかりにアタフタし始めた。



「ん? どうしたレナ?」

「やっ! 見ないで圭一くんお願い! お願いだから見ないでッ!」



 具合でも悪いのかと思って俺は顔を覗き込もうとするが、レナはいっそう恥ずかしがって教室中を逃げ惑う。

 教室で展開される突然の追いかけっこに、沙都子が顔をしかめているのが目の端に入った。



「本当に鈍感な男ですわねぇ…嫌味なほどに」

「沙都子もそろそろアプローチするといいのですよ。あぅあぅ☆」

「なっ!? ……いえ別に、あんな愚鈍、なんとも思っていませんわよ…」



 思い切り驚いたくせに強がる沙都子の横顔を眺めつつ、羽入はニコニコを三割増しにして微笑むのだった。



「……ねぇ、私の主張はどうなったの…?」



 ふと魅音に目を向けると、寂しそうに椅子の上で体育座りしていた。

 すまん、忘れてた。












/4




 ひぐらしの鳴く時間帯、レナと圭一は二人で歩調を合わせて道路脇を歩いていた。

 ただ、朝と違うのは微妙に距離が離れているということ。

 昼休み以来、レナは恥ずかしくて圭一の顔を見られなくなってしまったのだった。

 あ、ここから地の文の復帰である。

 あまりに圭一が鈍感すぎて、現状のラブコメ的展開が一人称だとまったく伝わらないからだ。

 お叱りは圭一の鈍感ぶりに言ってもらいたい。


 さて、そのミスター鈍感、前原圭一。

 彼はレナが自分から距離を離すのを見て、こんなことを考えていた。



(うーん、昼休みに追いかけたのがまずかったのかな…怒らせたか?)



 つくづく見当違いの方向に思考を働かせるのが得意な少年である。

 特にラブコメ方面。



「…………」

「…………」



 二人の無言の時が続く。

 夕暮れ時の道は薄く存在感を隠している。

 近くにいるレナの気配まで感じられなくなってしまいそうだ、と圭一は思う。

 はっきり言ってそれは怖過ぎるので、圭一はレナの元に少しだけ歩み寄った。



「………」



 無言で離れていくレナ。

 夕焼けに紛れて分かりにくいが、その頬がやや赤い。

 どう見ても単に照れているだけなのだが、圭一はそれに対して、



(うーん、どうしたらいいんだ…)



 レナが距離を置く根本原因さえ理解できず、頭を捻るのだった。

 返す返すも鈍感な男である。

 と。



「圭一くん」



 不意にレナが声を掛けてきて、圭一は彼女の方に目を向けた。

 レナは道の向こうを見据えたまま、圭一に横顔のみを見せる。

 その顔にいつもの表情が戻っていて、圭一は少しだけ安心した。



「昔ね、悟史君って子が居たの。私たちと仲が良かったんだけど、一年前に転校しちゃったの」



 圭一は話をつながりが理解できず、首を捻る。

 と、レナが切実な目線で圭一の方を振り向いた。

 ヒグラシが鳴く。

 レナの顔も既に泣きそうだった。



「圭一くんは、転校……しない、よね」



 悲痛な表情だ。

 その顔には何かに対する怯えがある。

 友達を無くすことか、それともそれ以上の感情か。

 それを理解して、圭一はレナの頭を思い切り撫でた。

 梳かされた髪をぐしゃぐしゃと、乱暴に。

 けれどそれが圭一流だ。

 乱暴で、ガサツで、でも優しい、撫で方。



「当たり前だろ。俺はこの村に骨を埋める覚悟だぜ」



 レナの顔がくしゃりと歪む。

 嬉しそうな顔なのに、涙が一筋、白い頬を零れ落ちた。

 圭一はその涙を手の甲で拭ってやり、それからレナにもう一度笑いかける。

 今度こそレナも笑った。



 ヒグラシが合唱を一瞬だけ止める。



 圭一とレナは言葉なく、しかし今度は離れることなく歩みを再開した。

 ヒグラシが木々を揺るがすように合唱を再開する。

 圭一とレナの手が互いの間を泳ぐ。

 互いを求めるように探っていた二つの手が、触れ合う。

 二人が一瞬だけ目を合わせ、触れ合った手をしっかりと握り合った。

 夕暮れ時、道路に長く伸びる影が手をつなぐことで一つになる。



 ひぐらしのなく頃に、

 二人は夕焼けの赤を世界に刻むように、しっかりとした足取りで雛見沢の農道を歩いていった。














/お疲れ様会




圭一「オチなしかよ…いいのかこれ」

レナ「どうでもいいよ。ところで圭一くん、圭一くんの骨、物理的に埋めていいかな? かな?」

圭一「終わったとたんにそれかよ」

魅音「あー、肩が凝った。慣れないことはするものじゃないねっ☆」

圭一「ぜひ慣れきって下さい、それだけが私の願いです…」

沙都子「私はいつも通りですわよ」

梨花「いつもどおりツンデレだったわね」

沙都子「デレてませんっ!」

羽入「あぅあぅ、僕もいつも通りだったのですよ」

圭一「嘘つけ。裏羽入が出なかったじゃねぇか」

羽入「裏羽入? 僕は表裏のない性格なのですよ?」

圭一「本編でさえありえないことを言うな」

レナ「でも、楽しかったね! またやりたいね!」

魅音「今度こそ私がヒロインだねっ!」

レナ「また私だよ」

魅音「いいや、私だね」

レナ「わ・た・し」

梨花「わぁ、レナと魅音の周りに斧と鉈と五寸釘の幻影が見えるのです」

圭一「そんな殺気立ったヒロインは嫌だ…っ!」

沙都子「…おほん。仕方ありませんわね。喧嘩にならないように、ここは私が」

梨花「素直になりなさい、沙都子」

羽入「全くなのです」

沙都子「わ、私はいつも素直ですわっ!」

レナ・魅音「ということは、沙都子(ちゃん)もバトルロイヤルの参加者ってことだねっ!?」

圭一「……なぁ梨花ちゃん、俺、逃げていいかな」

梨花「そう言って今まで逃げられたためしがあったかしら」

圭一「…じゃあ泣いとくことにする…」

羽入「かぁいそかぁいそなのです」

梨花「それは私のキャラよ、羽入」









後書き

前回の罰ゲームを受けまして、本当にラブコメになりました。

しかも割とガチの。

当方、こんな可愛らしいレナを書いたことがなくて、自分で書いててものすごく怖かったですよ。

こんな愛らしいレナなら毎回書きたいですが…ま、そこはそれ。

ひぐもは、レナの残虐ファイターみたいなあのキャラで成り立っているのです、多分。

レナのイメージは鬼隠し編序盤のレナです。

みんな、鬼隠し編を始めた頃、レナはこういうキャラだと信じてましたよね。俺だけじゃないと思いたい。

そんなわけで、本当にただのご近所属性持ちの普通の女の子になってもらいました。

意外とそれもまたレナの一面を現しているようで、個人的には意外です。

てっきりただの鉈好き女かと(フォン、グシャ




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