

本日の練習前に、ジュニアの保護者さまより、一人は脚をケガしたために、一人は階段からコケ落ちて頭を打ったために、どちらも安静にしつつ練習させてくださいと、リクエストをいただく。
故障してしまったことはしょうがない。 故障を完治することを第一に考えなければならない。
あまりスピーディーに動かすことなく、負担がかかりすぎないように、練習内容を変更する。
そのうえで練習し、練習終了のあいさつで、二人のジュニア選手に言った。
一練会で学習する長拳は中国の伝統武術であり、であるからには護身術としても優れたものでなければなりません。 護身とは、自分の身は自分で守るということです。 そういうもっとも基本的な意識を普段から持つか、持たないか。 それ以前に、その意識を持てないようならば、練習する意味はいったいどこにあるの?
脚をすべらせて転んでケガをする、階段から転げ落ちて頭を打つ、それって油断じゃないの?
油断するな。 ケガするな。 武術を学ぶ者として、当たり前のこと、できないでどうするの?
そこまで言ったら、よく理解してくれたみたいで、、ちょっと哀しい顔をしていたなあ。
その悔しさ、その情けなさ、忘れなければ、油断もケガもしなくなるよ。
5月18日 髙木良典
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