カルロ・コッローディ
父ドメーニコはジノリ侯爵家の料理長だった。
母アンジェラはジノリ侯爵家の裁縫係だった。
弟パオロは、リチャード・ジノリのドッチャ工場の工場長となる。
1800年代 イタリアの芝居小屋では道化が大流行する。軍部の力が強かった当時、抑圧された民衆の代弁者として
人気を博した。この道化がピノッキオの原型になったと言われている。
1826年11月24日 トスカーナ地方フィレンツェで生まれる。本名は、カルロ・ロレンツィーニ(Carlo Lorenzini)という。
ペンネームのコッローディは、母の出身地であるコッローディ村からとった。現在、この村にはピノッキオ公園がある。
1847年9月12日 20歳 フィレンツェで独立運動が起こる。
イタリア統一戦争(1848年〜1849年、1859年4月〜1860年)に志願する。
1870年 44歳 イタリア半島が完全に統一され、イタリア王国が誕生する。
1881年7月7日 54歳 「あやつり人形の物語」(La Storia Di Un Burattino)がローマの≪こども新聞≫に連載される。
フィレンツェの子供達をモデルに書かれた童話で、ピノッキオがキツネとネコに騙されて樫の木に吊るされる所で連載
が終了するが、子供達から物語の継続を求める手紙が殺到したため、「ピノッキオの冒険」として連載が再開される。
1883年2月 57歳 冒険ファンタジー『ピノッキオの冒険』(Le Avventure di Pinocchio)を出版する。国語の教材
としても採用され、爆発的ヒットとなった。聖書とコーランの次に多い250の言語に翻訳されている。
ピノッキオの名前は、松(伊語でPinoは松の木)から生まれたおちびちゃんだという説、Pino(松)とocchio(目)の
合成語で、目のついた松(=生きた松)だという説など、いくつかの説があるそうです。
この物語にはトスカーナ地方の諷刺や文化が散りばめられているそうです。
後に「嘘をつくと鼻が伸びる」事が科学的に証明され、医学会でも発表された(ピノッキオ症候群)。
他の作家が書いた続編(『ピノッキオ月へ行く』『さらわれたピノッキオ』『ピノッキオの息子』など)がある。
1890年10月26日 フィレンツェで死去、享年63歳。
西村伊作が『ピノッキオの冒険』を借りてきて、翻訳しながら子供達に読み聞かせる。
1920年 12歳の西村アヤが書いた童話『ピノチヨ』が彼女の挿絵を付けて出版され、大評判となる。この作品は父が
読み聞かせてくれた話を、記憶を頼りにまとめたもので、これにより日本で初めて『ピノッキオの冒険』が紹介された。
1940年 ディズニー・アニメ映画「ピノキオ」が公開され、第13回アカデミー賞の作曲賞と主題歌賞を受賞する。
1947年 イタリアの白黒映画「ピノッキオの冒険」が公開される。
1957年 アメリカの白黒TV映画「ピノキオ」(ハンヤ・ホルム監督、ミッキー・ルーニー主演)が放映される。
1972年1月4日 TVアニメ・シリーズ「樫の木モック」が放映される(〜12月26日)。
イタリア・フランス・西ドイツ映画「ピノッキオの冒険」(ルイジ・コメンチーニ監督)が公開される。
1976年 アメリカのTVミュージカル映画「ピノキオ」(サンディ・ダンカン主演)が放映され、エミー賞2部門を受賞する。
1996年 イギリス・フランス・ドイツ映画「ピノキオ」(スティーヴ・バロン監督)が公開される。
1999年11月 前之園幸一郎の『ピノッキオみつけた―イタリア・トスカーナ紀行』が求竜堂から出版される。
アメリカ・ドイツ映画「ピノキオ ニュー・アドベンチャー」(マイケル・アンダーソン監督)が公開される。
2000年 アメリカのTVミュージカル映画「ピノキオとゼペット」(トム・ムーア演出)が放映される。
2002年 イタリア・アメリカ映画「ピノッキオ」(ロベルト・ベニーニ監督・主演)が公開される。
イタリアのジャーナリスト、童話作家。
参考テレビ:「世界ふしぎ発見!本当のピノッキオ」(2003年3月22日放映)
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