エクトール・マロ
父は公証人で、フランスのノルマンディー地方ルーアン市近郊のラ・ブイユ村の村長をつとめた(約20年間)。
母はお話し上手で、昔話や、遠洋航海の船乗りだった亡夫から聞いた珍しい話を、よく語り聞かせてくれたそうです。
両親とも再婚で、ニ人の異母姉がいる。
1830年5月20日 エクトール・アンリ・マロ(Hector-Henri Malot)がラ・ブイユ村で生まれる。
1835年 5歳 父がラ・ブイユ村から約10キロ離れたボスク・ベナール村の治安判事になったため、引っ越す。
近所の農民から、植物や農作業の事などを教わる。
1839年 9歳 ルーアンの寄宿学校に入る。
1842年 12歳 ルーアンのコルネイユ高等中学校で学ぶ(〜1847年)。模範生ではなかったが、
歴史の授業に興味を持ち、読書に熱中し、友達と雑誌を作る。
パリのアンリ四世校を経て、パリ大学法学部へ進む。
父の元で法律家の道を歩み始め、治安判事の扱う庶民の事件を通じて、彼らの生活や人情にじかに触れる。
1853年 23歳 処女作の戯曲を携えてパリに出て、作家を志す。
ニ、三の新聞に記事を書き、同郷の先輩ルイ・ブイエの紹介で何人かの作家とも知り合うが、生活に追われて
創作に専念できず、最もなりたかった劇作家への道も遠のいてしまう。
1857年 27歳 パリ北郊のモワセルにある両親の家に戻り、長編小説の執筆に専念する。
1858年5月 28歳 最初の三部作小説の第一作『恋人たち』が、有力な批評家サント・ブーヴの口利きで
ミシェル・レヴィ書店から出版され、好評を博す。
1859年 29歳 『ジャックの恋』を出版する。
間もなく、次々に新聞連載小説を依頼される売れっ子作家になる。
1862年10月11日 32歳 セヴェンヌ地方ベセージュ近くのラル炭鉱で出水事故が起きる。技師パランが記録を残す。
1864年 34歳 パリ郊外のフォントネー・スー・ボワ村に住む。
1867年 37歳 子供好きなマロは、わくわくしながら読むような楽しい本を子供達に贈ろうと思い立ち、
『ロマン・カルブリス』を出版して好評を博す。
技師パランの記録を引用した、シモナンの『地底の生活』が出版される。マロが『家なき子』に生かした。
1868年 38歳 最初の妻アンナ(1880年死去)との間に、娘リュシーが生まれる。
1869年1月 38歳 ジュール・エッツェルから『ロマン・カルブリス』と同種の作品の執筆を依頼され、
『家なき子』第一部を書く。
1870年4月 39歳 『家なき子』第一部をエッツェルに見せる。これは、現在の物とはだいぶ違っていたそうです。
ニ箇所クレームをつけられ、他に連載を抱えていたので、『家なき子』の続きを書くのは伸び伸びになった。
普仏戦争(1870年7月〜1871年2月)、パリ・コミューン(1871年3月18日〜5月28日)の混乱で自宅が被害を受け、
『家なき子』の原稿はごく一部を除いて失われた。
1878年 48歳 エッツェルとのニ度目の契約で、新たに書いて≪シエークル≫紙に連載した『家なき子』が完結する。
代表作『家なき子』(Sans Famille)をダンテュ社から小型の二巻本で、エッツェル社から挿絵入り大型一巻本で
出版する。献辞「リュシー・マロに」。売れ行きは半年後から伸び始め、1879年末までに十七版を重ねる。
世界各国で翻訳され、フランスの古典的な児童書の最高峰の一つとして広く読み継がれている。
1893年 63歳 『家なき子』の最終章「家族とともに」を読み返す内に、この章のタイトルを表題にした作品を書こうと
思い、労働者の<サレントゥム(理想国家)>を構想し、意志の研究という主題を結びつける。
代表作『家なき娘』(En Famille)を<プチ・ジュールナル>紙に連載した後、パリのフラマリオン社から出版する。
10月4日 リュシーが孫娘ペリーヌを出産。
1895年 65歳 小説断筆宣言をして回想記『わが小説の物語』を出版する。献辞「孫娘ペリーヌに」
愛する孫娘のために断筆宣言を破って小説『見習水夫』を書き、死後刊行するようにフラマリオン社に手配する
(1997年出版)。献辞「わたしの孫娘ペリーヌ・メープルへ」
1903年 73歳 五来素川が『家なき子』を翻訳し、『未だ見ぬ親』と題して出版する。
1907年7月17日 フォントネー・スー・ボワ村の山荘で死去、享年77歳。
1915年 フランスの白黒・無声映画「家なき娘」(ジョルジュ・モンカ監督)が公開される。
1918年 五来素川が『家なき娘』を翻訳し、『雛燕』と題して婦人之友社から出版する。
1934年 フランスの白黒映画「家なき児」(マルク・アレグレ監督)が公開される。
1958年 フランス・イタリア・西ドイツ映画「家なき子」(アンドレ・ミシェル監督)が公開される。
1970年 日本の劇場アニメ「ちびっ子レミと名犬カピ」が公開される。
1977年10月2日 日本のTVアニメ・シリーズ「立体アニメーション 家なき子」が放映される(〜1978年10月1日)。
1978年1月1日 日本のTVアニメ・シリーズ「ペリーヌ物語」が放映される(〜12月31日)。
1987年6月 佐藤宗子の『「家なき子」の旅』が平凡社から出版される。
1993年 『エクトール・マロと行くノルマンディー散策』がコルレ社から出版される。
1996年9月1日 日本のTVアニメ・シリーズ「家なき子レミ」が放映される(〜1997年3月23日)。
2000年11月 曾孫(ペリーヌの孫)アニエス・トマ・マルヴィルがエクトール・マロの伝記を出版する。
チェコ・フランス・ドイツ合作のTVドラマ「家なき子」が放映される。
フランスの流行作家。新聞に連載し、後にまとめて刊行した長編小説約60編は現在ほとんど読まれなくなったが、
子供向きの作品(全4編)『ロマン・カルブリス』『家なき子』『いもうと』『家なき娘』は、今も多くの読者を得ている。
作家エミール・ゾラやジュール・ヴァレスから、「バルザックの後継者」と評価される。
共和派で、アカデミー・フランセーズ会員への立候補や叙勲を断り、文壇付き合いもあまりしなかったそうです。
参考図書:『家なき子』二宮フサ 訳 偕成社
『家なき娘』二宮フサ 訳 偕成社
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