有持さんは1934年、現在の西脇市で医院を開業。2年後に当時無医村地区だった黒田庄町に移り、新たに開業。
自らを「有持眉峰」と名乗り、まちの様子を撮影していたほか、祭りのときには住民らに阿波踊りを教えるなどユニークな人物だったという。
神戸新聞社の記事より |
| 撮影 有持 哲造 (故人) |
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黒田庄町の医師 大石高さん、妻の幾子さんが有持さんの親類にあたり、有持さんの徳島市の実家から見つかり、幾子さんを通じて入手。
知人の紹介で持ち込んだ業者がビデオ化に成功。
姫路ビデオ協会が約10分に編集し、幾子さんがナレーションを加えた。
神戸新聞社の記事より |
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