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2011年12月28日
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とうとう2011年も余す所2日になりました。
激動の2011年だったけど、振り返ってみて … 春と夏がよく思い出せない。
3月から5月が飛んでしまって記憶がない? とっても遠い日の様にも、またついこの間だった様にも、あたふたと過ぎてしまった様にも思える。
そして「光陰矢のごとし」格言めいた言葉が身に沁みる今日この頃です。
来年は龍!ーー昇り龍だと良いわね。
撮リ置き画像がなにも無くて申し訳ないですね。
せめての今年下半期の俳句。◎を頂いた成果です(興味ないと思うケド)。
来年はもっと上手な句が御披露できると良いのですがーーナカナカこの世界は奥が深いのよ。
諸先生方からは「もっと遠くへ、跳べ!」とおっしゃいますが、跳んだらさ、着地できないの。
◎ はまなすや伝言板は海の底
◎ 新涼やバンドエイドは皮膚の色
◎ 夕凪や海のピアノが鳴り始む
◎ 宵闇へ向かいて並ぶ飯茶碗
◎ 白地図のここより花野とおりゃんせ
◎ 寒声(かんごえ)や坂の途中に能の家
こうやって並べてみると「や」で切る癖を直さないとねー。
こんな事でお茶を濁させていただき、今年はこれで失礼いたします。
来年の仕事の抱負ーーもっと手早く、そして新しい型に挑戦してみたいですね。ここへ通って下さった皆々様方、本当にありがとうございました。 そしてあの「津波」の時に、お心を寄せて下さった方々、本当にありがとう!! 感謝いたしております。皆様、よいお正月をお迎え下さい。
晩ご飯;シチュー(トマトベース)、白菜のサラダ、ピクルス
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2011年12月26日
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この10年来なんですが、耳鳴りがだんだん酷くなって来まして、先週から3日置きにカイロプラスブラクティックなるものに通っています。
耳鼻科では何処へ行っても、聴覚のテストと内耳を検査するだけ。
「耳自体に異常はありません。耳鳴りは加齢ですから、、。」って軽くあしらわれちゃって、耳鳴りの原因すら調べてくれないのよ。
でもこのドウシヨウも無い金属音にイライラしながら、私なりに調べまくったら、どうも「噛み合わせ」顎関節の問題じゃないか?って疑問が湧いてきました。
「噛み合わせ」は以前東京で前歯を矯正した時に、上下の噛み合わせが合わなくなったんだけど、「調節します。」って約束だったのに、その歯科は何時の間にか廃業してしまい、そのままの途中中止になってしまったんです。仙台の歯科では、一度矯正した歯をやり直すにはかなり大掛かりになるし、年齢的に入れ歯になる迄待った方が良いでしょうーなんて事で、そのままにしていたら、最近口を開けると顎がカクカク音がしているのよ。
そしてだんだん耳鳴りが酷くなってきて、時々人の話をちゃんと聞いていない時がある、、。
それで口コミ、知り合い情報では「カイロはかなり確実。」って事で、アメリカ帰りの米国公認医師がいるカイロプラスブラクティックへ通う事に。
レントゲンで見ると確かに顎、そして首の関節にも問題が!
来年からカイロと平行して歯科でマウスピースなるものを作る予定。
それからもう一つ悩みの「薄毛」。
最近、髪が異常に抜け始めて、そして細くなってしまったーーこれも加齢だろうねェ。
でも諦めたくない! 今日は育毛剤(¥9、800!!)なるものを取り合えず注文しちゃった。
パーマも毛染めも髪や頭皮には絶対に悪い!らしい。
今頃気付いても私には手後れだけど、若い内からの茶髪は恐ろしい事になるから!ね!
年を取るってさ、ホントに色々と大変だわよー。
画像;可愛い!でしょ? ベルギー製ゴブラン。あー、早く作りたい!
晩ご飯;野菜カレー、フライドチキン、キャベツと林檎のサラダ、ピクルス
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2011年12月20日
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もう夜の繁華街は忘年会シーズン真只中。
仙台も今迄のムードを払う勢いで賑やかなこと。
久々に独りで晩酌をしました。
まあ、色々とありましてね。
時には独りもいいもんです。

でも、女独りで知らない呑み屋さんへ「入る」って結構勇気がいります。
大体は、お店側に嫌な顔をされます。
「お食事できませんよ〜。」ってのが先方の一般的な断り方。
勤人だった頃は残業の後、9時過ぎになって何処で食べたら良いの?ってウロウロしたものです。
疲れた後はちょっとホッとしたいし、ファミレス系で独りは寂しい。
そこで経験を積みまして、独りぽっちの時は(かつ懐が暖かい時は)「寿司屋」(クルクルではない!)が楽って事を学んでいます。
1)店の格を一応外から点検し、私の財布で大丈夫そうか確認(この辺は勘)。
2)ガラッと戸を開ける。
店内をサラッと見渡す。雰囲気が嫌だったらそのまま頭を下げて「間違えました。」と失礼す る。(私の場合、遅い時間に子供連れが居たりしてーーこういう店は出る。)
3)一歩入ると、亭主がカウンターからジロッと下目使いで「いらっしゃいまし。」と値踏みをするけど、決してめげない。入り口で亭主が「御予約ですか〜?」等と困った風に聞く場合があるけど、これは丁重にお断りだと思うべし。
4)ツーッと慣れた様子でカウンターの、人が居ない方角の、できれば一番手前隅へ座る。
5)初回なので、握り寿司。メニューがあれば「松竹梅」の「梅」を謙虚に注文する。(「梅」で「松」が想像できます。)メニューが無い!時は(もう座っちゃったし、腹を据えて)「握り一式、並でね。」を注文する。それと「熱燗」を頼む。ここで大事なのは「酒」をとりあえず頼む事で、これで店側も安心するのよ。
これが「お茶」だと店によっては露骨に嫌な顔をする場合も。
6)ゆっくりお茶を頂き、でも長居はせずにお勘定。
「梅」がそこそこで、お通しも、店の雰囲気も、そしてお勘定があなたの予想通りであればこれからも使えそう。妙に高い!と思ったらこれはX。でも最近のお寿司屋さんは明朗会計だから心配は御無用。
7)これで次回からはOK。この隅っこが指定席になっていく。
って具合かな。
ただ、若い人は真似ないで下さい。
若い女性の独り酒は、私も感心しないな、まあ〜、アラフォーぐらいから、かな。
理由は、こういう場って大体が小父様族の常連で成り立っているから、そこへ若い女性が独りだと殿方は落ち着かないらしいよ。店側も常連さんへ気を遣う。だから「もう仕舞います。」等と軽く断られるんだよね。でも、そういうお店は客を大事にする店だと思った方が良い。いつか男子連れで行こう!
画像は知り合った仙台人に教えてもらって、上記の手順で入ったお店の「お通し」。
「仙台銀座」の「香楽」って名の居酒屋。ちょっと裏ぶれた感じで、私好みの良い店でした。
また行こう、独りでね。
晩ご飯;鰤大根、イクラおろし、茸汁、漬け物
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2011年12月13日
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ミシンの事を書きました↓、その後に寝ながらフトとんでもない事を思い出した!
そう、私は20才そこそこぐらいの時にミシンを自腹で買った!んですよね〜。
それも1ヵ月¥1、000の月賦(今のローン)払いで、、。
あれは「電動ミシン」って言う画期的な電気ミシンが世の中に出回った頃の事。
東京の自由が丘の商店街の一画で、女性の人だかりがあって、真中で中年の小父さんがミシンの実演販売をしていたのよ。お金の無い私にとって1月¥1、000の月賦でミシンが買える!保証人も必要無し!しかも集金人が毎月アパート迄集金に来てくれる、って話に舞い上がってしまったわけ。
ちゃんと縫えもしない筈なのに¥40、000(確か?)の超、超、効果な(家賃が妹と相部屋で1万円程度なのに、、)買い物をしてしまった事があるのよーーすっかり忘れていました。
貧乏なのに何故そんなに迄してミシンが欲しかったか、と言うと、やはり自由が丘の駅前に輸入物の服地を扱うお店があって、そこのショーウィンドウに英国製のオレンジと緑のタータンチェックの生地が飾られていたのです。今迄見た事もない色合いを一目見てーーボーッとなった私は、思い切ってお店の人に生地の値段と、もしスカートを作ってもらうといくら?か尋ねるとーー予想はしてたけどとんでもない!仕立代だったのよ、生地代は確か1メートル1万ぐらいでしたかー、、。
それからその店の前を通る度に毎日、毎日溜め息でした。
だからね、ミシンを見た途端、「私が縫えばイイ!」と、とんでもない決心をしてしまったわけ。
その当時の東京のファッションは、急激なミニスカートブームでした。
でも田舎者の私はミニスカートは持っていなくて、旧いスカートの裾を上げて無理矢理短くしてみたりーー。
売られているスカートを見ると、ウエストベルト無しのヒップで履くデザインが主流で、ひっくり返して見れば意外に素人目にもカンタンである。それにミニ丈で生地も少量なのにどうして昔のスカートより高い?のだろうと腹立たしく思っていたわけ。
¥1、000払い、直にミシンが届き、あの生地屋さんへ走って大枚のお金を払ってーーお店の人が毎日通る私を見覚えていて普通は40センチは売らないんですよ、って笑いながらも売って下さったけど。それで雑誌から必死の思いで型紙を作って、裏地なんて無し!ファスナー付は手縫い!ダーツを取ってーーほぼ四角型、ニ晩ぐらいで出来上がった、憧れの私のミニスカート!
私のスカートを見た妹は歓声を上げ当然せがまれて、これも縫った。
友達のも縫ったねえ、これは一枚¥1、000戴いたっけ。
足が不自由な友達からも頼まれて、ーー小児麻痺だったかな、左右の足の長さが15センチぐらお違う人でした。
裾は仮縫いをして欲しいって事になり、私のアパートへ来てもらったのよ。
白地に赤の格子柄スカートですが、体型に合わせると左裾を大きく斜にしなくちゃいけない。だから格子が歪むでしょーー何とかならないか、と考えながら待ち針を打っていたんですが、私にはどうしてあげる事もできなくて、不覚にも涙が溢れてきちゃったんだよね。
「泣かないでね、私は曲る事を承知してるんだから。」彼女にそう言われて、強く生きている人を前にして、つまらない同情心で泣いた事に恥じ入ってしまった記憶があります。ーー今でも恥じ入ってます。
あの電動ミシン、もの凄い音がするのでアパートの隣近所から苦情が来るようになり、アルバイトになる!と張切った意気込みも消え、私のスカートはあえなくタータンチェック一枚で終ってしまった。ナンと言う無駄遣いでしょう!!
約40ヶ月に亘って、集金の小父さんは毎月きちんとやって来た。
連絡もせず引っ越した後にも住所を調べ、最後の2、3千円はまとめて払うと私が言い張った時も「また来ますから。」とやって来た。
最後は「おめでとうございます。今日が最後です。」って笑って言ったっけ。
でもね、その頃にはミシンは友人に貸し出したまま、行方不明になっていました。
あの頃縫い物をしていたなんてーー私はもう、すっかり忘れていました。
で、今思えば、あんな形のスカートなら手縫いでOKだったのに、何でミシンに執着したんだろう??ね??
画像:地下鉄の連絡通路の壁装飾。プラネタニューム風で素敵!
晩ご飯;白菜と豚肉の鍋、鰺の干物と胡瓜の和え物、卵焼(スーパー調達)、漬け物
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2011年12月04日
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寒くなってきました。先週は2日程ですが、珍しく寝込んでしまいました。
ちょっと疲れたので膝掛け毛布だけで、ごろっと「うたた寝」ーー、サム!っと飛び起きたのですがーーそれが原因だと思います。不用心な事です。
お腹が痛くてー歩けない程痛く、だるくて、風邪がお腹に来ちゃった感じでした。
仙台は先週よりすっかり「冬」です。
連続ドラマ「カーネーション」ご覧になってますか?
我が家では久々に楽しみにしているテレビ番組です。
糸子さんの奮闘振りは楽しみでもあり、商店街の話しは、似たような町で育った母には懐かしい風景の様です。ミシン一台で一家を支えるって、どんなに大変だったろう。
私の母がミシンを買ったのは戦後の昭和30年頃かな。
お隣が買ったのがきっかけで、欲しくてほしくて父にねだって買ってもらった様です。
それも父のお給料だけでは大変で、やっとの思いで買ったそうですから、糸子さんが活躍した昭和初期には大変な金額の買い物だったに違いないわね。
以後、私達子供の小学生時代の夏のワンピースやスカートは母のお手製でしたね。
母好みの地味な色合いのプリント生地で(絶対に花模様ではない)、しかもワンパターン、そして毎回妹とお揃いの2セット、でした。
10回近い引っ越しにも耐えて、何時も家の隅にあった「シンガーミシン」。
でも私がミシンを始めた頃には、母も縫い物もせず置き場に困って、母も泣くなく処分した様です。
今思えばバッグなんて直線縫いだけでOKだし、昔の足踏みミシンは馬力も結構あったのでとっても残念です。とか言う私は、中学の家庭科の授業で出された夏休の宿題でノースリーブブラウスを縫った思いでしかありませんが、ーーその時は糸調節が上手くできなくて、何度も母の手を借りてーー最後には全部縫ってもらったかな。
 
そう、私はミシンなんて、嫌いだったなあ。
その私が今は2台のミシンを使っているなんて、人生はホントに先が判らない。
画像は着手始めた注文のLポーチ。
すっかりL版を補充してなくて、展示会でも「あら、ないの?」ってお声があり、すっかり忘れていた事に気付いた状態でした。近々これらの柄も加わる予定です。
紫に見える右は光りの加減でピンクにも見えるサテン系の生地。そしてシルクのベージュ生地に豪華フランス製レースをあしらったポーチです。
ともかくLを10個クリスマス用に先に仕上げて、、未だ手付かずのお若い方用のオーダーと修理品に取り掛かる予定です。
晩ご飯;鯖の味噌付け、煮奴、きんぴら、ほうれん草のおひたし、茸汁
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2011年11月29日
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昨日のバッグの「かぶせ」は一件落着いたしました↑。
内側の生地は柄の色に合わせて、黒の見返しを付けたオレンジにしました。
あー、悩む事はなかったんだ、、。
生地はギリギリでしたが、何とか形になりました。
私は最近、考え過ぎなんですよねー、。
Kさん、もうすぐ発送しま〜〜す!
トートバッグの中がホックだけでは気になる人に「かぶせ」型は便利かもしれません。
またこれからHPにもこの形が増えるかも。
震災のその後はどう?ってよく聞かれますがー。
仙台市内は結構景気が良いみたいなーー不思議な雰囲気です。
生活の落ち着きを取り戻した人達が増えているって事なのか、デパートも生活用品全般が売れているらしい。
支援品で間に合わせていた方々も、腰を据えて食器やら衣類やら求め始めたんでしょうか。
それとも買い控えていた人達も、そろそろ動き始めたって感じですかね。
でも皆さんの精神面はどうなんでしょう。
被災された主婦が集まって、手縫いのクリスマス飾りを作り「道の駅」で販売している風景がニュースで流れました。きっかけは「なにもかも他人に面倒みてもらってる」自分自身が情けなくった女性達が集って始めたそうです。
ほんの少しの金額でも、働いて得たお金はどんなに嬉しいかー。
それに支援された方々も、被災された方に新しい生活へ踏み出して欲しくて、何とか頑張って欲しくて援助している筈だもん。
でも本当に哭ける日って、きっとその後に来るんだろうなあ。
晩ご飯;湯豆腐、鮪の山掛け、茄とピーマンの胡麻味噌煮
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2011年11月28日
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このところちょっとバッグ作りに食傷気味になってきて、
多分、注文受けのバッグばかり作っているので、自分の作りたい物が作れないストレスが溜まって来たみたい。HPもすっかり閑古鳥が鳴いてる状態で、何か出したいのですがーー焦りますね。頭の中では次の布予定がズラッと並んでいるんですがーーゴブラン!!
そんな贅沢を言える場合でもないとは思っていても、気付くとちょっとボーッとしてしまう。
あージレンマ!
先日は母の誕生日でした。若い時のような特別にって事でもなく、とりあえずお昼に母がご希望の高級寿司店で食事、そしてシャネルの口紅が私からのプレゼント。
そのシャネルなんですがーー底をプッシュして開ける形なんです。
でもね〜、何度も練習させましたが、母にはプッシュして開けるのがとても面倒な事らしくーー使わないかもね。

画像は「作品展」で受けた注文バッグ。
なかなか素敵なバッグになりそうな予感。
でもこれからどうするか、悩んでいる最中。
追加で「かぶせ」と「ひねり錠」を付けて、という御要望なんですけど、せっかくの柄が見えなくなっちゃつまらないし、、。
生地的にはギリギリで、しっかりしたカブセ迄は柄が取れない。
細い「かぶせ」はマチが深い形には使い勝手が不安定なんだけどー。
注文寸法から横長デザインに変えるなら、解体しなくちゃいけない、
さて、どうしよう。
アでもないしー、、こーでもなくて、、このまま行くか、、。
晩ご飯:鮭の塩焼き(母のみ)、豚肉の生姜焼き、人参のグラッセ、ほうれん草のバターソテー、大根の味噌汁
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2011年11月18日
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何でも思い立ったら「やる」事が大事だと、肝に命じている私ですが、先日の「作品展」で50才からクラシックバレーを始めた方がいらっしゃいました。
現在57才だそうです。
とってもスマート、姿勢は素晴らしい!
ちょとボディタッチさせて戴いたけど、す〜ご〜く引き締まった体はお見事!!
私も若き時にはちょっとはやったんだけどー、直に挫折してしまった。
50才からのスタートって、若い時とは違って、凄い勇気と努力が必要だったろうなあ〜。
皆々様、「私なんかあ〜。」なんて思っちゃいけないよ!
何時だって、やりたい時がやり時なんだよね。
歳は考えない!
人生の時間は待った無し!ホントに!

画像は東京で使っているランチョンマット。
旅行先で買った物が多いのですが、何時の間にか増えてしまいました。
お皿に合わせて使っていますが、簡単な食事でもマットがあるだけで楽しい食事に。一番左はパッチワーク風になってます。ちょっとした端切れでも作れるから楽しいわよね。
写真には入らなかったけれど、これ以外にもレース系も入れるとかなりの数になっていましたーー私も改めて驚いています。
晩ご飯:鰹の刺身、おでん、ほうれん草の胡麻和え
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2011年11月14日
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ともかくも時間が無くてーー。
おまけに、この頃は何だか凄く眠くて昼寝したい心境、、。
今日もヤンヤヤンヤと連日膝が痛いって言う母と、朝の8時から総合病院の整形外科へ。
レントゲンやらの順番待ちで、結局終ったのが夕方の4時。
結果は「正座は無理でしょうけど、骨は歩ける内は心配ない。」ってドクターから御墨付きを戴き
母は御満悦ですが、私は 「だからサ、私もソー、イッタジャン!」って心でブツブツと怒り
帰りに焼け食いをしてしまって、今は大食いの後悔の最中。
展示会で、生地をお買い上げの方々からバッグの注文を受け付けたのですが
そんなこんなで、ちょっと年内は立て込んでおります。
順番に作ろうと張切っておりますがーー手と頭と時間が上手く噛み合っていないのよね。
受け付け順が何故がお年の順になっていて、今は90才の方用のお洒落なバッグに着手中。
それから60代の方のシルクバッグとポーチを手掛ける予定。
50代以降のお若い方々!、ゴメンなさい、遅れそう。。。

画像は晩ご飯でもう一品欲しいな、って時によく作る簡単二セ「カニ玉」。
カニカマをほぐして、かき混ぜた卵でふんわり焼いて、スープの素を片栗粉でトロミを出してアンををつくり上に掛ける、だけの簡単料理ですが、結構カニカマは侮れない。
老人にはこの咽にスルッと入るトロミが嬉しいらしいよ。
そう言えば最近の「片栗粉」は感心しない物が多い。
昔の片栗粉って、冷めてもしっかりトロっとしていたのにね。
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2011年11月06日
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こんばんは。
作品展も無事終了して、今回は早々と帰宅いたしましたのに、報告がまた遅くなってしまいました。
今回は私のバッグやポーチ以外に、昨年に引き続き越村良子さんのリバティプリントの洋服、帽子、そして日傘! 岩上曜子さんのアクセサリー、 ワイズ・コレクションさんにインテリアファブリックを出展して頂きました。
作品の種類も多く、本当に賑やかで楽しい2日間でした。賑々しくお出で下さった皆様方、始めて訪ねて下さった方々、お会いでき嬉しかったです。ありがとうございました。

東京は昨年の10月に比べて、何かしら明るくなった気がしました。何だろう。
東京へ着いて、まず山手線に乗り換えるのですが、ザーッと周りの女性を見渡すのが何時もの癖なんで、ファッションが以前に比べて少し明るいかな、って感じがしましたし、ちょっと寄ったデパートの婦人服売り場の洋服も材質が良くなった(去年はペラペラで買いたい物が無かった!)気がしましたがー。気のせい??
作品展終了の翌日は問屋さん廻りが恒例。正に自転車操業であります!
宅配発送をお願いした店々で伝票に書き込んだ住所から、お店の方々が「仙台からですかあ〜。その後いかがですか〜?」って声を掛けて下さって、彼方此方で話しこんでしまいました。
時々思い出した様な余震は続くものの、仙台市内は活気が戻ってきましたね。仮設住宅も完成したし、後は雇用とか、精神的な面でのケアがどう進めるか。そして新たな町設計をどうするか。ともかく前へ進しかありませんねー。新幹線で福島県を通過する時は本当に心が痛みます。
その新幹線の中で買ったサンドウッチが、昔ながらの、パンにバターを塗った薄いサンドウッチの作りでとても美味しかったので、パッケージを見直したら、あの鰺寿司で有名な大船軒の物でした。驚いた事に、大船軒が日本で最初にサンドウッチやハム(鎌倉ハム)を作った店なんだそうです。

晩ご飯;肉豆腐、蟹(カニカマ)玉、アスパラとトマトのサラダ、胡瓜の味噌汁
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2011年10月13日

画像はこれから使うバッグの革を裁断した所です。
各々の色に合わせて切り分けて、各パーツのエッジに「コバ塗り」と言ってエナメルみたいな液体を塗ります、が、これが私は下手くそなの。あ〜!!
そして乾いたらオイルで磨いてーー生地に合わせて縫う。
このパーツ作業ができ上がれば後はミシンでダーッと行く予定なんですけどーーどうでしょう。革の色を合わせてーー出したりしまったり、裏打ちしたり、これだけで一日仕事になってしまいます。
今日は雨の中、母と駅ビルまで買い出しに。
母は、もう早く歩けないので時間がかかるのよね〜。
ちょっとでも私が早足になると、ヒステリーを爆発させるしー、私は早く済ませたいしー。
そして彼方此方のお店で、店員さんに何か話してるんだけど、
かなりトンチンカンな事を言ってるから、私はハラハラするしー。
魚だけは私に任せたくない、買い物は楽しみ、と言う老人には勝てません。
私はただの荷物運びに徹する覚悟が必要なんだろうなぁ〜。
来年は東京での展示会は無理になるかもしれないなぁ〜、多分。。。
来週はパッキングに追われそうです。
晩ご飯;茸ごはん、鯖の塩焼き、烏賊と細葱のぬた、もやしとピーマン炒め、豆腐の澄まし汁
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2011年10月13日
作品展のチラシが出来上がり、関東方面のお客様方々には発送を済ませました。もし、此処に遊びにいらして、実物を見たい方がいらしたら、メール(oota@carrot.ocn.ne.jp)をいただければソク案内をお送りいたします。
生地やハンドメイドが好きな方、大歓迎です!。
お茶も用意してあります。お気軽にお立ち寄り下さい。
ご案内状はポッチのページでご覧になって下さい。 http://www13.ocn.ne.jp/~potchi/potchi.html

何もしてない?!、って不安にかられて眠れなくなる日が続いていました。
仕事が尽く中断状態で、朝食、掃除、洗濯を済ませて、部屋に戻って「さて、どこから始める?」ってバッグを手にした途端、母が「お昼は?」といらっしゃる。
母がそういらっしゃった時は、自分で作るのが面倒になっているって事なんですよね。
お昼は何時も簡単に麺類とか、昨晩の残り物で済ます事が多いのですが、それでも「暖かい蕎麦?それとも冷たいのが良い?」って事になり、作って、食べて、食器を洗って、台所を片付けて、お茶を入れて、ちょとテレビ見ながら話しをしてーーそれでやっと仕事に戻る、と、さっき浮かんだバッグの良いアイデアは何だったか?忘れてしまった、、。
母が健忘症になる前に、私がなりそう、、。

ぶつぶつ言いながら、気分直しに先日テレビで部屋の片付け名人が言っていた、引き出しの整理に思いたって、ポーチ用に用意して置くプリント生地を縦て形に引き出しに入れてみました。洋服をこんな風に縦て仕舞うのは皺が気になって、私はどーも好きじゃないけどーー。
う〜ん薄手のプリントは140センチで買い込んであるのですが、無事に立ってくれて見やすい!これなら直に何処に何があるか判るわね。
でもバッグ用生地は量が半端じゃなくて、縦にもならず無理でした。まあ、こんな事してる場合でもないんですが、、。
今年は大きなトートバッグが少ないかもねー。上の彪柄風のバッグは去年ゼブラで作って、面白かったので似た様なデザインで又作っちゃいました。これが「変なの!」って言う人と「可愛い!」って言う人に別れるんだけどーー私はこんなバッグが本当は作りたいのかも、って思ってます。
今回はちょっとしたミニトートが中心になりそうです。
晩ご飯;芋粥(母の胃の調子が悪い)、鱈の子、鰈の煮付け(刻み昆布、仙台麩)、茶碗蒸し
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2011年10月02日
もう、10月なんですねー。
何があった訳でもなく、あたふたと9月は終ってしまった。
母の物忘れも毎日になって来て、手がかかること。
そろそろ物忘外来に、と思うのですが、家でできる認知性のテストは難無くクリア。
「バカにしないで!」って顔をしてますーーが、今日も血圧の薬を何処へ仕舞ったかで大騒ぎ。
10月29日の作品展まで、残すところ一月ありませんよね。
それなのに、ここにきて事故ってます。
大型バッグを制作中に市販の持ち手用金具が「そんな風にはいかない!」シロモノである事が判明して、急遽通常の革に戻したり、裏地用に使いたいモアレはもう輸入止めになって、日本の何処を探しても手に入らなくなってしまった。これは困った、、。
生地に錦糸が入ってます。
お世話になっている輸入代理店さんに「もう手に入らないらしいよ。もう生産中止?」って意気込んで尋ねたら、笑われちゃった。「きっと同じ織会社からの輸入品で、日本への輸入取付ぎ店も日本中の生地屋さんが同じ会社だったんじゃない?」って事でした。
そーかー、一社独占の輸入品だったのかもー。
世界中の布織元からモアレ地が消えてしまった訳ではないらしい。
アメリカの、ある布地生産会社が閉鎖になった、でその途端に日本のモアレが消えてしまったって事。
ヨーロッパでもアメリカでもモアレ地は無地の定番で、当たり前に製造されているそうだ。
その織物会社、そして輸入代理店、なにか理由があったんだろうねー。
以前私が東京の生地屋さんで耳にした、「アメリカ製のモアレ生地(赤)でジャケットを作られ、洗濯機で白い物と一緒に丸洗いされた方がいまして、縮みと色落ちがあったのでーー大変なお怒りで、、。」って話。
結局、その生地屋さんが頭を抱える問題に発展したらしいよ、って事件が頭を過るけどーー訴訟?問題か? だったら代理店側も、もうモアレ生地に手をださないよねー。
例えばこんな感じ。下の黄色がモアレ。
本当に世の中には困った人がいるもんだ。
「モワレ生地」ってヨーロッパでは主に室内用として作られている生地なんですよ。
ベットカバーとか、カーテンとか、椅子の張り地とか、時には壁に綿を詰めてーーお洒落な壁生地として使われています。織糸も服地よりもかなり太くてしっかりしている生地で、私はバッグの内側に使うとシャっきりしているので、とても使い易い生地なんです。ただ、洗いたい物(ランチョンマット等)には使わない。
東京の生地屋さんが、他の色無地とモアレも並べて陳列していた事も問題があるんでしょうけどー。
もちろん洋服にしてはいけないってルールはないけど、あちらの方にとっては日常的に水洗いができないし、それにそんな生地で服はちょっと?!って事かもね。
でもさー、麻や絹、織物生地を洗濯機で丸洗いするとどうなるか?位は知っておくべきだろうになあー。
着物生地で仕立てた洋服は、絹100%で手洗いもダメって事は日本人の常識なんだけどー。
海外の方が日本着物や帯で何を作ろうと自由だけど、着物地が洗濯機でも手洗いもダメって事は、もちろん知っておくべき事よね。色落ちや縮みを知らなかったからって、弁償しろ、訴える!ってなったら家族でやってるような小さい会社なんてすぐ潰れるサ。
あなたの無知で、あの会社がなくなって困っているのは日本中の私達なんだよ。
溜め息がでちゃう、、、マッタク。。。
晩ご飯;鳥の空揚、鮪の刺身(母)、ブロッコリーとゆで卵のサラダ、漬け物、豆腐の味噌汁
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2011年9月25日
東京でぶり返した熱帯夜を過ごし、帰宅すれば台風で、まあそれも私の周辺では何事もなく通過して、昨日からはすっかり秋めいた秋晴れです。それでって事でもないですが、せっせと作っておりますが、このごろ何となくテキパキと手が動いていないように思います。それでも下のピンクと同じデザインの黒を完成させた所でお彼岸、岩手県へお墓参りも無事に済ませました。
一関市の樹木葬里山
大型台風、津波、地震、放射能、今年の天変地異にもうーうんざりですね。
しかし、人間の小ささをこんなにも思い知らされた年はなかったーー未だ今年は終ってもいないのに縁起でもないけど、もう沢山!ですよね。
東京のテレビ番組には、津波や地震、それに福島原発の報道が実に少ないって事に驚いてしまいました。これが関西テレビになったらもっと少ないんでしょう。
神戸の震災の時はどうだったんだろう。当時は気にしなかったけど、関西方面では東京よりも、もっと取材放映されていたんだろうね。
福島県人の悲しみってどう表現したらいいのか、、測り知れないものがあるのですがー。
四国で福島産の花火の打ち上げを中止した、と聞いてなんだか悲しいを通り越して怒りさえ覚えるけど、、。自然の力には人間は本当に無力だけど、人間にとって一番怖いのは人間かも知れない。
東北は坂上田村麻呂の奥州征伐を始まりとして、戊辰戦争そして原発を入れて中央政権から受けた「負」はこれで6連敗なんだよ、って言った人がいました。詳しい中身を聞かなかったけどーー東北ってきっとそうなんだろうなあ。伊達正宗さえ刃向かう事は出来なかった。何時も中央の為に「負」を背負ってジッと耐えてきた土地柄なんじゃないか、って思う、悲しい。
晩ご飯;ゴーヤチャンプル、鮪の刺身(母のみ)、胡瓜の梅叩、肉じゃが、茄と茗荷の味噌汁
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2011年9月13日
先週迄よく働きました。私が誉めるしかしょうがないんだけど。。。
バッグの新しいトートバッグの形をパターン化してみました。
ポケットを外にどう付けるか、が課題だったのですが左右非対称に付けるてバランスを取る事で結構頭を使いました。とりあえず景気付けにピンクで挑戦してみたのですが、どうでしょう。これから黒っぽい生地とか、各種色革とかでも作る予定です。下は未だ仕上げ途中の写真です。

明日から4ー5日留守になりますが、なんとなく母が弱っているので気になってます。
声がかなりかすれて来ました。落語家にもそんな老人がいたなあ〜って思い出すのですが、ふがふがと時々震えています。何を言ってるのか判らない時もあります。
入れ歯が合ってないのは母も承知しているのですが、歯医者へ嫌がって行ってくれません。
テレビにしょっちゅう入る予告と、本編の区別がつかなくてー。
それと早口の関西芸人の言ってる事が全く理解できないしー。
一番楽なのは字幕スーパーが出るニュース等の番組で、不思議な事に古い洋画が楽しいらしい。
でもストーリーは直に忘れる、込み入った事情が分ってない、なのに俳優の名前と顔はしっかり覚えていて私に教えてくれるのよね。
そんなこんなで留守中大丈夫なのか?と心配だったのですが、私が居ない時は「私ものんびりと好きな事したい!」そうで、煩い事を言う娘が居ない日が、時には必要なのかなあ〜と、明日は出かける事にしました。
晩ご飯;すき焼風煮物、韮の卵焼き、蓮根のキンピラ、各種漬け物、青菜の味噌汁
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2011年9月05日
展示会の打ち合わせ等で上京の予定が、会場の事で先方へ電話しましたら「あら〜、明日から海外旅行なの〜。」って優雅な返事が返ってきました。
ウーッ!月末って約束してたのにィ!、、。って事で先週の上京はお流れ。
関西方面の嵐のニュース、大変な事になっています。映像を観てるとあの津波を思い起こしてしまいますがーー皆様の所はいかがですか? 今年は本当に荒れますねー。
このところ、目力が低下してしまったらしく、疲れが指先にも溜まってきました。
目と身体って密接な関係にあるらしく、目が疲れれば肩凝りから足にまで響くらしいよ。
イヤだね〜、ロウカですよ。。。
そんな時は力のいるバッグは置いといて、手が慣れている「Fポーチ」を作るにかぎります。
この一週間で一日10個位のペースで作品展用に作っていました。
出来上がった物はとても簡単そうに見えるけど、オーガンジー自体が慣れるまでは結構面倒な素材なんです。
それと色合わせや、カットに時間がかかるのよ。まあ〜ナンダッテそうですけど。
明日は2ー3作っていたバッグに持ち手の革を切り出す作業に入り、ついでに作品展用の新しい型を試してみるつもり。

母もかなり老化が進んできた様で、それなりに惚けてきました。
年齢相応に忘れ物が増えたりーー先日も銀座で買ってプレゼントした日傘を何処かに忘れて、何処で忘れたか?さえも思い出せません。
もう高価な物なんて、買ってあげないからね!
そして、さっき言った事を覚えていなかったりーーでも時間が経つと思い出すそうですから、医者へは行かないと言い張ってます、もうすぐ87才なのよ。
母が倒れると私は旅行するのは無理になるだろうから今の内に、なんですけど、それも思い通りにならない状態ですね。あー、海外へも、もちろん三陸方面にも行ってみたいのですがー。
最近出会った女性(50代)のボヤキ。
震災の時に同じマンションの一人暮らしのお婆さんが不安そうにしていたので、女性の自宅へ呼んで一緒に過ごしていたんだそうです。
でも、余震も落ち着いたのに3軒先の自宅へどんなに説得しても戻ってくれない。
「怖い、○○さんちが安心で良い。」とこちらの迷惑を顧みずで、すっかり居着かれてしまったらしいのよ。三食お風呂付きでお泊まり。一日中テレビ観てるって。皆途方に暮れてる昨今です。
認知性とかは無くて、結構しっかりとしたお婆さん(70代)らしい。
淋しいんだよね、きっと。
怖がってるお婆さんを強く追い出す訳にもいかなくて、親切心で呼んだ女性家族も困っています。
埼玉県の浦和にいるお婆さんの娘さんへ連絡したのですが、その娘さん「そんな事で仙台まで行けません。どうぞ宜しく。」って電話を切られてしまったらしい。
そんな事で、ってサー!こっちは一大事なんだけどー、震災は自分の母親の一大事じゃないの?ー。
今は市の職員が来て取りあえずお婆さんを施設へ、って説得しているらしい。困ったね〜。
今回の震災の後に、色んな家族間の問題も浮き上がってきた様な気がします。
仮設住宅は結局仙台市内で300部屋も余っているって話です。
仮設が建設される迄に何ヵ月もかかったし、市内で部屋を借りた人が多いのよ。
現に私の近所の2軒の空家にも被災された方が入った模様です。
仮設は狭くて、大家族は住めないって事もあるのよねーー仙台の農家の家族構成は2所帯が多いし、中には3所帯だってあるのよ。神戸の震災とは事情が大きく違っていると思います。
晩ご飯;鰯の生姜煮、卯の花煮、生鱈の子おろし添え、ほうれん草のお浸、豆腐の味噌汁
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2011年8月26日
秋になったら、今年はまた開くの?って聞かれるたんびに、ドキッとしています。
はい!今年もガンバッテ「作品展」やります!
10月の末に予定しています。
でも、今度の会場は、ある方の個人的な家(東京のド真中の赤坂)を借りる事になったのですが、なかなか連絡ってのが上手く取れなくて私もハラハラしています。
そんなこんなで来週は東京出張を予定しています。
下の生地はハンドルポーチになる予定。
地震の後の後遺症と言うか、家の火災保険の見直しとか、作り付けのロッカー箪笥のドアの開閉が変な事に今頃気付いたり、雑多な事が毎日持ち上がるので落ち着かなくって、、。
作り付けの家具って、壁ごとの修理になるからね、大変!なんですよ!。
地震で屋根瓦が壊れてしまったご近所の家は、昨今の大雨にも未だ修理待ちの状態でお気の毒です。
我が家の改装がトントン拍子に終ったのは本当にラッキー!だったみたい。
世の中に瓦がない、瓦を焼く土が無い、中部地方から取り寄せれば大幅なコストアップだそうです。スレート(硯なんかの原料で、板状の物を屋根葺きに使うの)の屋根が岩手県方面ではポピラーなんですが、その産地だった町さえ町ごと消えて、でスレートも消えてーー変更も出来ない。
大工さんも家ごと道具も流された方が結構居るらしく人出不足です。他人の家どころではないのよ。
作品と言える程がまだ出来上がっていなくてーしかし、あの暑さ、と急激な涼しさで今年は参ったわね〜。もう夏は終ったのかしら?
晩ご飯:鯖のムニエル(もやし、人参、ピーマン)、冷や奴、切り干煮、浅蜊汁
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