創価学会第四項/魔性・ニセ本尊の大謗法

HOME
創価学会 魔性・ニセ本尊の大謗法
創価学会のニセ本尊
これが学会が勝手に製造・販売している「ニセ本尊」。日蓮正宗の御本尊は一体一体、表具師が表装しているが、このニセ本尊は、カレンダー等と同じく表装なしの「一枚刷り」になっている。

「ただ、大御本尊だけは、われわれは作るわけにはゆかない。日蓮大聖人様のお悟り、唯授一人、代々の法主猊下以外にはどうしようもない。だから、佛立宗や身延のヤツラが書いた本尊なんていうものはね、ぜんぜん力がない。ニセですから。力がぜんぜんない。むしろ、魔性が入っている。魔性の力が入っている」
(『大白蓮華』昭和34年7月号9頁・戸田城聖)

平成3年11月に日蓮正宗より破門され、総本山より御本尊の御下付をいただけなくなった創価学会は、平成5年9月、あろうことか「ニセ本尊」の製造・配布の実施を聖教新聞紙上で発表し、その後、大々的に御本尊の交換を進めました。
戸田城聖氏の言う「代々の法主猊下以外にはどうしようもない」はずの御本尊を、御法主上人猊下の許しもなく勝手に改竄(かいざん)し、我がモノ顔で会員に配布したことは、まぎれもなく「本門戒壇の大御本尊との決別」「身延日蓮宗以下の邪教化」を意味するものです。この時点で創価学会は、越えてはならない一線を越えてしまいました。
例えば一万円札の偽造紙幣も、それが本物に近ければ近いほど、本物と見分けがつきにくい精巧なものであるほど、社会を混乱させる力が強く、その罪は重くなります。ましてや、それが信仰の対象たる本尊であれば、その大謗法の重罪は想像を絶するものです。
また偽札は、どれほど良くできた精巧なものであっても、日本国家の許可なく造られた犯罪物そのものであり、それが正規の紙幣として効力を発揮することはありません。学会製のニセ本尊も、御法主上人猊下の許可・允可(いんか)なく偽造されたものであり、それを拝んで功徳(くどく)・利益(りやく)があるどころか、逆にその魔性によって堕地獄は必定(ひつじょう)です。
また何よりも、学会に回収された本物の御本尊は、まとめて御不敬され、一体として宗門に返納されていません。日本中で、数百万体の本物の御本尊が大量に御不敬され、同時に、数百万体ものニセ本尊が流布したのですから、日本はまさに大謗法の国土となってしまい、その現罰で、地震・噴火・大不況・凶悪犯罪の多発といった災厄が国中を覆うことになるのです。
御本尊の右肩に、「若(も)し悩乱する者は頭(こうべ)破れて七分となる」とあるとおり、大切な御本尊を手放して御不敬され、替わって悪鬼魔神のニセ本尊を祀(まつ)っているような人は、頭破七分・堕地獄(だじごく)は疑いないのであります。
学会破門以後に創価学会に入会した人、また、本来は日蓮正宗の御本尊を護持(ごじ)していたにもかかわらず、無理やり学会製ニセ本尊に交換させられてしまった人など、多くの学会員がこの「魔性の札(ふだ)」を押しつけられてしまっています。多くの人々が、このような恐ろしい魔札によって、例外なく抜けようのない堕地獄の不幸の淵(ふち)に沈んでしまうのです。
この第四項では、学会製ニセ本尊がいかなる理由によりニセ本尊であるのか、その詳細をあらためて明示し、一人でも多くの学会員がその恐ろしさに気づいてくれることを強く願うものです。

ニセ本尊の改ざん箇所

下の画像は、右側が「学会製ニセ本尊」、左側が、その元となった日寛上人様の御本尊です。今回の本尊偽造にあたって、創価学会が勝手に手を加え改竄した個所を、[A]~[D]に示しました。


ニセ本尊の改ざん箇所の解説

[A]一機一縁の授与書きを抹消

今回、学会が偽造本尊作成のために利用した日寛上人の御本尊は、浄圓寺16代住職・日證師に授与された「一機一縁の御本尊」であり、真正の御本尊には「下野国小薬邑本如山浄圓寺 大行阿闍梨本證坊日證 授与之」という添え書きが入っています。
しかるに学会は、この授与書きを勝手に抹消(これは御本尊の変造です)して、多くの会員に配布したのです。

[B][C][D]筆跡にまで加筆

一機一縁の授与書きを抹消するのみならず、学会は中央首題「経」の字[C]・梵字[B]・大増長天王の「天」の字[D]の筆跡にも手を加え、線を伸ばしたり太くしたりと、恐れ多くも御本尊に好き勝手に筆を加えています。
筆跡が勝手に書き変えられたということは、形式的にも「御形木御本尊」とは呼べません。この時点ですでに、日寛上人の御筆による御本尊ではなく、「どこかの誰かが勝手に変造した本尊」であります。

なお学会では、「学会の本尊と、浄圓寺所蔵の日寛上人書写の御本尊は、明らかに別の御本尊である」などという見苦しい言い逃れもしているようであります。 それならば、学会が今回のニセ本尊を作成する元になった御本尊はどこから持ってきたのか、明確に示して反論すればよいのです。上の画像のとおり、学会製ニセ本尊は、浄圓寺所蔵の日寛上人書写の御本尊を元に偽造されたモノに間違いないではないですか。 それでも違うというなら、自分たちが持っている「本物」と、浄圓寺所蔵の日寛上人書写の御本尊を並べて示すべきです。

ニセ本尊がニセである理由

■御法主上人猊下の允可(いんか)なき故に

「曼荼羅(まんだら)書写の大権は唯授一人(ゆいじゅいちにん)金口(こんく)相承の法主(ほっす)に在(あ)り敢(あえ)て沙弥輩(しゅみのやから)の呶呶(どど)する事を許さんや」
(第59世日亨上人『有師化儀抄註解』)
「曼荼羅書写本尊授与の事は宗門第一の尊厳の化儀なり」
(同上)

古来より日蓮正宗においては、御本尊の書写・授与の権能(けんのう)は、それが常住御本尊であれ御形木(おかたぎ)御本尊であれ、その根本は、唯授一人の血脈(けちみゃく)御相伝に基づく、御法主上人の専権であります。
それを創価学会などという在家団体が、「自分たちに信心の血脈があり、御本尊授与の資格がある」などと放言することは、日興上人以来の唯授一人の血脈相承(けちみゃくそうじょう)と相伝の仏法の正意の背(そむ)く大罪です。
また日寛上人は、日蓮正宗総本山大石寺の第二十六世御法主上人猊下であられます。創価学会は何かにつけて日寛上人を讃歎しますが、実際には学会とは何の関係もないお方です。創価学会の歴代でもなければ、また宗門を離脱した浄圓寺の歴代でもありません。
にもかかわらず、総本山御法主上人猊下の允可もなく、日蓮正宗とは何の関係もない新興宗教団体である創価学会が、勝手に日寛上人書写の御本尊を利用するのは、泥棒と同じであります。
また、日蓮正宗より擯籍(ひんせき)され、すでに僧籍のない成田宣道に、浄圓寺の重宝御本尊を持ち出し、学会に提供する資格なども、もちろんありません。これも泥棒です。

■開眼なき故に

「開眼供養せざれば家に主なきに盗人が入り、人の死するに其(そ)の身に鬼神入るが如し」
(『木絵二像開眼の事』御書638頁・学会版御書469頁)
「開眼と云うは、眼(まなこ)を開くと云う事なり。魂なければ眼は開くべからず、開かざれば益(やく)も無く用(ゆう)も無し」
(第二十二世日俊上人『本門如来寿量品二十三座』/『歴全』3-3頁)
「金口血脈には、宗祖己心の秘妙を垂示し一切衆生成仏を所期する本尊の活眼たる極意の相伝あり」
(第五十六世日応上人『弁惑観心抄』/研究教学書27-474頁)
「木絵の二像は本(も)と草木にて有り、然(しか)るを生身(しょうじん)の妙覚の仏と開眼したまふ事は大事至極の秘曲なり、日蓮聖人乃至(ないし)日因に至る迄三十一代累も乱れず相伝是れなり」
(第三十一世日因上人)

学会製ニセ本尊には、もちろん、仏力も法力も備わりません。それどころか日蓮大聖人の御教示のとおり、開眼のないニセ本尊には悪鬼神が入り込み、それを持つ者、拝む者を一人残らず無間(むけん)地獄へと堕(お)とすのです。まさしく大謗法の根源であり、その恐ろしさをよくよく知らねばなりません。
創価学会は「開眼など必要ない」と言いますが、これは大聖人様、御歴代上人様の御教示を無視する大謗法の暴言に他なりません。
日蓮正宗の真正の御本尊は、常住御本尊であれ御形木(おかたぎ)御本尊であれ、すべて必ず、御法主上人猊下によって丑寅勤行の際に開眼供養がなされています。
今回、学会版ニセ本尊の元となった「浄圓寺所蔵の日寛上人書写の御本尊」も、一機一縁の御本尊として浄圓寺十六代住職・日證師に授与されるにあたり、日寛上人によって開眼供養されています。しかし、それはその一体の御本尊についての開眼であり、現代にいたって創価学会がその御本尊を改竄して複写し、大量に偽造した分については、開眼も何もないのです。
重ねて言います。
御法主上人の開眼のないニセ本尊には、仏力も法力も具(そな)わりません。凡夫学会員がいかに信力・行力を発動しようとも、それによって仏力・法力が顕(あらわ)れるなどということはありません。
第二十六世日寛上人は『観心本尊抄文段』に、
「当(まさ)に知るべし、蓮華は水によって生じ、我等が信力・行力は必ず法力によって生ずるなり。若(も)し水なくんば則(すなわ)ち蓮華生ぜず、若し法力なくんば何んぞ信行を生ぜん。(中略)我等、法力により信力・行力を生ずと雖(いえど)も、若し仏力を得ざれば信行退転さらに疑うべからず」
と、明確に御教示されています。
正しく開眼された御本尊は、日蓮大聖人の御当体として仏力・法力が具わっており、その御本尊に我々が信力・行力を発動することによって、四力(しりき=仏力・法力・信力・行力)が合(がっ)して即身成仏がかなうのです。しかし、仏力・法力のないニセ本尊では、いかに頑張ってもそれは不可能です。
それどころか、開眼供養のないニセ本尊には悪鬼・魔性が入り込んでいます。もしこんなものを拝めば、功徳どころか、堕地獄(だじごく)の大悪業(だいあくごう)を積むことになり、現罰(げんばち)は免れようがありません。

平成7年1月17日未明、阪神・淡路地区を突如襲った大地震……震度7の激震と大規模な火災の発生によって、死者5500名、負傷者27000名、破損した家屋は11万棟にも及ぶという、戦後最大の被害となりました。
もともと神戸近辺は、昔から「まず大地震は起きない」といわれてきた地域です。そのような場所で、突如、あのような大規模な地震が起きたのには、やはり大きな原因があるはずです。
創価学会では、平成7年を「関西勝利の年」「兵庫の時代」と銘(めい)打っていました。そのせいもあってか、ニセ本尊への交換が急ピッチで進められ、震災直前の15日と16日には、兵庫の各会館でニセ本尊が大量に配布されました。
このことは、同時に、それまで各会員に下附されていた日蓮正宗の御本尊が大量御不敬された(学会は正宗の御本尊を回収し、一括焼却しています!)ということでもあります。
日蓮大聖人は、
「謗法の法師(ほっし)一閻浮提(えんぶだい)に充満して、諸天いかりをなし、彗星は一天にわたらせ、大地は大波のごとくをどらむ」(御書764頁)
と仰せられていますが、まさに、大謗法であるニセ本尊が一気に充満したために、大地が波のごとく踊(おど)った、という現証にほかなりません。
また、この地域に住んでいた会員は、といえば、
「『四支部とも焼けてもうたんですわ』。本部長の宮本満さんは語った。(中略)文字通り壊滅状態」(『聖教新聞』平成7年2月15日付)
等の報道のとおり、家がつぶれて跡形もなくなったり、圧死や焼死で亡くなった方も非常に多かったのです。そして『聖教新聞』には、ただ一面も、ただ一人も、「私はこのように御本尊に護られました」という体験は掲載されていません。学会のニセ本尊は、誰も救わなかったどころか、多くの学会員を地獄に叩き落としたのです。とくに、一番被害のひどかった長田区一帯は、学会員が一番密集していた地域でした。
それに対して日蓮正宗の僧俗は、一部に被害はあったものの多くの人々が御本尊に護(まも)られ、皆が大功徳の体験に包まれていました。
人として、悲しく痛ましいことではありますが、この学会員の悲惨・無惨(むざん)な被災の現実、この現証を、よくよく考えるべきではありませんか。

■日寛上人の御心を踏みにじるが故に

先述のとおり、学会がニセ本尊作成のために利用した日寛上人の御本尊は、浄圓寺十六代住職・日證師に授与された「一機一縁の御本尊」であり、真正の御本尊には「下野国小薬邑本如山浄圓寺 大行阿闍梨本證坊日證 授与之」という授与書きが入っています。
日寛上人は、あくまでも浄圓寺十六代住職・日證師への御化導(ごけどう)のために、一機一縁の御本尊を書写あそばされ、授与書きを認(したた)められ、日證師に授与されたのです。しかるに創価学会は、この日寛上人の御意志を踏みにじり、その一機一縁の授与書きを勝手に削除し、これを大量に複製して不特定多数の会員に配布しました。これが日寛上人への冒涜(ぼうとく)でなくて何でありましょうか。
また創価学会では、
「一機一縁の御本尊とは、大聖人の直筆の御本尊のうち、本門戒壇の大御本尊以外の御本尊のことをいう。御歴代の書写された御本尊は『分身散体(ふんじんさんたい)』『分身散影(ふんじんさんよう)』と呼んで、一機一縁の御本尊とは区別する」
などという意味不明な定義を勝手に作り上げ、学会製本尊がニセではないと主張し、学会員を欺(あざむ)いているようです。
しかし日蓮正宗においては、「一閻浮提総与」である本門戒壇の大御本尊以外の御本尊は、他の大聖人御直筆の御本尊も、御歴代上人が書写あそばされた御本尊も、その御形木(おかたぎ)も、すべて「一機一縁の御本尊」です。上記のような珍説は、学会が自分たちを正当化したいがために勝手なことを述べ立てているに過ぎません。
したがって、浄圓寺所蔵の日寛上人書写の御本尊は「一機一縁の御本尊」であり、学会の言い逃れは通用しません。学会製ニセ本尊は、どんなに姿・形が日寛上人の御本尊と似ていても、真正の御本尊ではあり得ず、日寛上人の御徳を汚(けが)し、上人を冒涜するものです。だから「ニセ本尊」なのです。
さらに前述のとおり、中央首題・梵(ぼん)字・四天王などの文字を、太くしたり伸ばしたりして、勝手に加筆しました。これは「変造本尊」に他なりません。
創価学会は昭和30年代のその昔、その興隆期において、御宗門より日寛上人の御本尊を御形木御本尊として下付されていました。だから今回のニセ本尊も、日寛上人の御本尊を利用することによって、同じように功徳があるように見せかけることができると考えているのでしょうか。
日蓮正宗の中興の祖であり、教学の大成者である日寛上人の御本尊であれば、信徒の尊崇の念も篤(あつ)く、その名声を悪用すれば会員の動揺も防げるし、身延日蓮宗等と同一視されることもないという、周到な計算があったことでしょう。実に小狡(ずる)い者たちであります。

以上、ごく簡略ではありますが、「学会製ニセ本尊のニセたる所以」と、その大罪・大謗法について記しました。
さらに重ねて言います。こんな「魔性の札」を持(たも)ち拝めば、堕地獄は疑いありません。「若(も)し悩乱する者は頭(こうべ)破れて七分となる」は、厳然たる事実として、ニセ本尊を持つ者すべてに突きつけられるのです。これは脅しでも何でもなく、すでにその現証は枚挙にいとまがありません。
学会のウソに惑わされることなく、正直な眼(まなこ)で正邪の分別をつけ、早く信仰の寸心を改めてください。

このページのトップへ
正しい宗教と信仰

第一章・創価学会第二章・新興宗教第三章・既成仏教第四章・民間信仰第五章・神様信仰
関連リンクこのサイトについてサイトマップ