| 婦人団体で一番早くからあったのは愛国婦人会で、明治34年軍部や近衛篤磨らの後援をえて 佐賀県の東本願寺派の僧の娘、奥村五百子が発起した兵士やその家族の救護活動を趣旨とした 官制団体であった。緑の上っ張りに愛国婦人会と白く染め抜かれた紫の襷がトレードマークで、会員 数は昭和12年末には338万人に達していた。 昭和7年には大阪の主婦安田せい、三谷英子らの奉仕活動からおこった、大阪国防婦人会ができ その後東京にも国防婦人会が発足、これらを軍部が協力し統合して昭和9年、大日本国防婦人会が できた。 また大日本連合婦人会は、昭和6年全国の婦人会、母の会、主婦の会など文部省の監督指導の のもとにある6000余りの団体を集めて発足した。 これら三つの団体は、日中戦争がはじまってから、軍人援護、遺族の救護活動、貯蓄奨励、生活 の刷新などほとんどおなじ運動をするようになり、会の勢力拡大のための摩擦や対立が生じるよう なった。それが問題となり昭和16年帝国議会に建議案が提出され、新婦人団体結成要綱が閣議 決定され、そのごこの3団体は大日本婦人会として統合された。 |













