奉公袋は、陸軍において入営及び戦地に
赴くとき、必需品を入れていった袋で
軍隊手牒、勲章、記章、適任証書、軍隊に
おける特業教育に関する証書、召集及び
点呼令状、その他貯金通帳など応召準備、
応召のために必要と認めるものを収容する
ように袋の裏側に記されている。またこのほ
かに遺髪、爪袋、遺言書封入などが収められ
たという。
そして在郷軍人はこの袋を常に準備して
いつでも召集により戦争に行けるよう、意識
を高めていたのであった。

この奉公袋は埼玉県出身の近衛聯隊に
所属していた方のものです。
入手時に右の物が入っていました、
当時はこれらの物よりほかの物も入れ
ていた可能性もありますが、おおむね
こんなものだろうと思います。
(下記の履歴から従軍記章も賜った
と思われますが入っていませんでした、
当時記章、勲章は仏壇にお供えしたり
飾られたりしたのでこれもそのくちかも
しれません)
概略履歴
・大正9年12月10日徴兵として近衛歩兵第四聯隊第8中
 隊に入隊
・第1期終了
・大正10年度陸軍特別大演習に参加
・大正10年11月27日一等卒同日上等兵
・大正11年1月2日葉山御用邸に義状衛兵として派遣
・同年4月15日英国皇太子殿下御来朝の際における
 近衛師団観兵式に参列
・同年8月15日帰休除隊
・大正12年、14年 昭和2年、4年、簡閲點呼済
・昭和6年8月10日勤務演習の為近衛歩兵聯隊に入隊
・同年8月24日召集解除
・昭和12年充員召集の為近衛歩兵聯隊に入隊
・同年10月20日陸上輸送隊に編入
・同年10月31日支那事変の為午后6時42分神戸港出航
・同年11月21日呉淞上陸
・同年11月22日より昭和13年2月18日迄、南京攻略戦
・昭和13年2月15日より5月31日迄、徐州戦
・同年6月1日より7月14日迄、安慶攻略戦
・同年7月15日より8月10日迄、九江黄梅戦
・同年8月11日より9月11日迄、廣済端昌戦
・同年9月12日より11月12日迄、武漢攻略戦
・同年11月17日より昭和14年4月10日迄、南昌作戦
・昭和14年4月1日より5月25日迄、兵站勤務
・同年5月26日より7月27日迄、吉村部隊第五兵站病院に
 「痔疾」のため入院
・同年7月28日より9月28日迄、自動車廠勤務
・同8月23日歩兵伍長
・同年9月29日「昭和十四年陸支機密等一一七号」に依り
 交代の為武昌出帆
・同年10月11日宇品港上陸
・同年10月12日近衛歩兵第二聯隊に帰還
・同年10月15日召集解除
軍隊手牒
歩兵射撃手簿
従軍手帳
各種書類
私物品調査表
奉 公 袋
従 軍 軌 跡