洗 面 道 具
ライオン歯磨
両方とも「潤製」とあるので練り歯磨きであろう
左:缶ケース
右:紙ケース

両方とも株式会社小林商店とケースに記載されている
当時は販売代理店の名前もケースに印刷されたのか、
もしくは、この小林商店は総代理店であったのか。
この物は両方とも未開封であり、現在、封をあける決心
がつきません、中味もお見せしたい気持ちは、やまやま
ですが。すみません。
軍用歯ブラシ(大和歯刷子)
大和刷子製造所製

資生堂社史「大阪の資生堂歴史と発展」によると昭和15年
系列の資生堂刷子工業株式会社が軍に歯ブラシを「シセイ歯刷子」
として納入していたが、受注が激増し現在の下請け工場の生産
ではまかないきれなくなって「大和刷子製造所」に協力を要請し
それに応じた大和刷子製造所の門柱に「資生堂歯刷子工場」の
標札が掲げられたとあり。ここで生産された歯刷子の商標刻印
がどうであったかの疑問が生じた。現に「大和歯刷子」刻印の
歯刷子が存在しているので「大和歯刷子」刻印で資生堂が納入した
のか、それとも「大和刷子製造所」も直接、軍に納入していたのか
という事である。現在調査中であるが、解明は難しいと思われる。
コクボーかみそり
陸海軍納入品
日本手拭
三越百貨店製
昭和17年頃の、酒保にはタオルも販売
されていたので、タオルを持参した兵士も
いたのであろう。

筆 記 用 具
軍用鉛筆

ヨット鉛筆製
「八五〇☆軍用耐水筆記用鉛筆・ヨット鉛筆謹製」
と刻印されている。
耐水とされているが、普通の鉛筆とどこが違うのか
不明である、芯の材質でも違うのであろうか。
資生堂練歯磨
陶器製ケース、練り歯磨
価格「マル停、35銭」

これぞ、資生堂創始者、福原有信氏より明治21年
発売、日本初の練り歯磨「福原衛生歯磨石鹸」の
後継モデルである。ラベルこそ替わっているが当時
からの陶器製ケースは受け継がれている。
発売当時は粉歯磨しかなく、海軍に納入され
艦内が粉で汚れなくなり喜ばれたという。

クラブ練歯磨
中山太陽堂謹製(大阪市浪速区水崎町)
チューブ入り練り歯磨
価格「マル公、¥0.19」

「資生堂社史」によると、チューブ入り歯磨きは大正
時代からあったとされている。しかし昭和初期は、粉
歯磨きもあり、練り歯磨にしても堅さがいろいろあった
ようで固い物は歯ブラシを湿らせて擦りつけたりと色々
な物が使われていた。
またケースも缶、厚紙、陶器、チューブ、袋入り、箱入り
と色々あった。

一般手帳
手帳は当時から会社や商店が
販売促進用に配っており、これら
の手帳もよく兵士達は持参したが
これは一般販売の社名、商店名
が入っていない物。
粉歯磨用袋
保万齢(ほまれ)歯磨
保万齢歯磨本舗製造
長野県
 マル公、とマル停について

 日中戦争が始まり、物資が不足すると物価が高騰した
 そこで政府は物価を下げる為、指定する物品について
 公定価格を決めそれ以上の金額で販売できないよう
 に取り決めたそして昭和15年6月24日公定価格品
 には「マルの中に公」の文字の表示が義務ずけられた
 また価格等統制令により昭和14年9月18日に価格
 をストップされた物品には「マルの中に停」の文字の
 表示が付けられた。
 
石鹸

左:ミソノ石鹸とアルミ製石鹸箱
右:カザリン石鹸と外箱
会社が配布した販売促進用の手帳
これらの会社手帳の多くも兵士達は戦地へ持参し使用したのである。
会社宣伝用鉛筆
この鉛筆は将校用図嚢に入っていたものであるが、一般兵士もこのような
ノベルティー鉛筆を使用したのである。